い考えを持っていながら、実際においてはその時々の波風や感情にほだされ流されやすい人間タイプの把握。それの対照として、彼女の友達の加代子という、どんな波風や男達の間をくぐって来ても、ケロケロと何の手傷も負わない、その時々の生活をまったく無軌道にやっていながら、結局は人生でトクばかりして行く女と、その夫の宮崎という、これも加代子に似たような性格のモデリング。この二組の男女の線が、戦争中から戦後へかけてのあわただしい時代を背景にして、一しょになったり離れたりしながら奏でてゆく庶民生活の、あわただしいような、どうでもいいようでいて、実はどうにもならない、意味があるようなないような、日常生活の歌……。それらがまるで作者が描く前からそこに在るような気がするのである。まず人々の生活がそこにあり、作者の筆はただそれを追いかけているだけだという感じがする。実は作者の筆こそ我々を導いて、そのような人々の実体を見せてくれているのだが、読んでいての感じは逆になる。運慶が大木で仁王像を彫っているのを見ると、もともと大木の中に仁王がいたのを、運慶はただそれを外へ取り出すために、余計な木くずを削り落しているだけであ
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