生活のためにも魂のためにも、批評は彼等にとって、しないではおられない仕事ではないのです。せいぜい「アルバイト」程度です。そのような発言は結局は力あるものには成り得ないでしょう。述べられた意見そのものが意見だけとしてはどんなにすぐれたものであった場合にもです。たとえば「第二芸術論」などという立派な批評がこの人たちの間から生まれても、結局はその第二芸術そのものに対してはツンともカンとも響いて行かなかった事なども、そのためではないでしょうか。つまり、「第二芸術論」を言い立てている当人自身にとって批評が全身心を張ったものではない。つまり皮肉なことに、花鳥風月を叩きつけている当人にとって、その論そのものが花鳥風月、つまり「第二仕事」であるからではないでしょうか。ところが、第二であろうと第八であろうと芸術を生む仕事は、修羅場の仕事です。批評もそうです。何か大事なものを賭さないでは人は修羅場に足を踏み込むことはできますまい。そんな人が、わきの高見から(それがどんなに高かろうと)うまい事を言ってみても修羅場にいる人は、ただ聞き流して置くか、又は引っこんでいろと言い捨てて置く以外に無いでしょう。
 岩上
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