。ヘラズぐちを叩いていても此の人たちのは、時によって身が入って血が流れます。すると自身が錯乱するだけでなく他を錯乱させます。たしかに見事は見事です。騒々しいのがおもしろいと思う人間にはおもしろいでしょうが、批評というものの中から、とにもかくにも一定の方向と言ったようなものを見つけ出して進みたいと思っている人間には、あまりおもしろくありません。――とは言っても、なにしろカンがきついから、この人たちはヘラズぐちを叩くのをやめはしますまい。それならそれで、それもよかろう。よけて通る。
次ぎに、中野好夫・桑原武夫・中島健蔵と言ったような、大体大学教授などをしながら批評を書いている人たちがいます。たいがいアカデミックな体系を持っており、共通して啓蒙的な手段と、公明な態度に立っているので、行きとどいた批評が多いようです。やっぱり、相当役に立っているのでありましょう。しかし、私には、この人たちの批評にあまり興味がありません。この人たちの批評を、よく読んでごらんなさい。その批評に、自身の大事なものを「賭して」いないことがわかるのです。ホントの意味では自身にとって言わないでもよい事を言っているのです。
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