われわれの批評家たちに不足しているのは、学識や見識などよりも、この社会的パトスです。「世と共に楽しみ、世と共に苦しむ」意志と熱情です。その意志と情熱から生まれる「人の身になってみる」想像の力です。それが不足していないならば、どうしてこのように一人よがりな、このようにわかりにくい批評文ばかりが流行する筈がありますか。
 次ぎの証拠は、批評家たちが、着実さを失っている所にあります。先ず、批評しようとする当の事物や作品の実体を掴み理解するための手順に丹念さがたりない。アテズッポすぎるのです。作品の批評をするのでも、その当の作品を二回も三回も読んだり、ノートをとりながら読んだりしている批評家は、ほとんど一人もいないようです。パッと読んでパッと批評を書くらしい。中には作品全部を読まないでパラパラとめくって見て批評を書くのがおる。作家こそ、いいツラの皮です。もっとも、これには作家の側にも責任があるようで、一晩に四、五十枚も書きとばして、ロクに読み返しもしないで発表してしまう腕力派もあり、そして、その事が作品を読んでみると手にとるようにわかるものですから、そのような作家の作品を丹念に読む気がしないの
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