説明することはできない。しかし批評家たちの物の言いかたの難解さはそんなものではありません。ごくやさしい事を言うのにも、ひどくむづかしく言う。むづかしい事言う時には、まるきりわからないように言う。それはまるで何かの病気のようです。全体、この人たちは誰のために批評を書いているのだろう? 誰に読ませるために? 誰に理解させるために? 誰に影響をあたえたいために? 誰を啓発し、誰を激励したいために? 一言に言って、誰と語るために批評を書いているのでしょうか?
 もちろん、日本の文化人の間には、難解なことを読まされると、それが自分によくわからないという理由で、尚いっそうそのものを尊重するマゾヒスティックな読者が、かなりおりますから、それらに対する批評家たちの順応の現象だともいえない事はない。しかしどんな批評家でも普通の正常な心理を持った読者は相手にしないというタテマエではないだろうと思います。公に物を書く以上、なるべく、たくさんの人々に読ませ理解させたいと志ざされたものであると思ってもさしつかえないでしょう。すると、事が志しとあまりにちがい過ぎます。すこしは人の身にもなって考えたらよろしい。つま
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