アホラシクなる。同時にたのもしくなる。こんなのがとにかく生え育つ土地――日本は善きかなという気がする。気がしているうちに、コッケイになって来る。笑いたくなる。そして笑いは、深い敬意をすこしも裏切らない。
武者小路は、ずいぶんたくさんの小説や戯曲や詩や感想を書いて来た。これからも無数に書くだろう。書きちらす。原稿紙を五千八百九枚あてがうと、その五千八百九枚目まで書きちらすだろう。たしかタゴールの詩の一つに、大海の浜辺で無心に遊んでいる幼児を歌ったのが有ったが、あれだ。しかつめらしい顔をして、マメマメしく、次ぎから次ぎと忙しそうに、シンケンに、しかし、けっきょくは、遊ぶ。パガンの神が遊ぶように。そこには、真実は在るが論理は無い。美は在るが構築は無い。純粋は在るが進化は無い。そして、そのような所に、近代的な意味での芸術や思想は存在し得ない。
武者小路の小説や戯曲で、芸術作品としての正常な興味を持ちつづけられるものは、私にとって、いくつも無い。それでいて時々読みたくなる。そして引き出して来て読み出すと、トタンに、その真実と美と純粋に打たれ、そして間も無くタイクツしてしまって、本を机の上か枕
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