、もうすこし調べ捜し、イタブリゆすってみる責任がある。日本では作家が六十歳ぐらいになると「隠居」になってしまう習慣がある。現に志賀がすこしそれになりかけている。そしてその理由として、すぐに日本人的性格や肉体的劣勢が持ち出される。バカげている。そんな事があるものか。百パーセント日本人富岡鉄斎は九十歳近くまでホントの絵を描いている。ヨーロッパ人よりも日本人が肉体的におとっていると言っても、日本人の二倍のエネルギイをヨーロッパ人が持っている証拠は無いのだ。それが「隠居」になりやすいのは、当人にも責任があるが、実はなかば以上ハタに責任がある。ハタがすぐに伝説・偶像・タブウ化するのがそれだ。作家などというものは、死んでしまってから隠居すればたくさんだ。七十になろうと八十になろうと、血なまぐさい第一線に引っぱり出しておいて、踏んだりけったりして、さしつかえの無いものだ。当人が悲鳴をあげようと、かまわない。もともと、そのような無慈悲な仕事であり、道なのだ。当人がそれを承知ではじめた事ではないか。敬老主義的習慣は養老院だけにあればたくさんである。
 ところで、志賀が、終戦後、間の無いころ、たしか新聞紙
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