ろうと思います。

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 たしかに、現在いろんな雑誌に発表されている小説類全体の質的な平均水準から見て、風俗派や肉体派の小説類の質がそれほど劣悪だとは言えません。全体の半分以上が風俗派や肉体派の小説なんですからね。あたりまえの事です。とにかく、商品としての規格はそなえていると見なければなりますまい。しかし同時に、商品としていちじるしく他よりもすぐれた性能を持っていると言うのは、言い過ぎのような気がします。
 しかし、よく売れるのは、事実らしいのです。事実はいつでも重要ですし、興味があります。ですから私はいろいろ調査してみました。先ず雑誌の編集者七、八人についていろいろ問い合せ、次に学生、勤労者、家庭婦人その他の雑誌購読者の五十人ばかりに向って質問してみたのです。その結果こういう事がわかりました。雑誌編集者は、ほとんど全部、風俗派や肉体派作家を芸術家としては[#「芸術家としては」に傍点]軽蔑しています。人間としても重んじていません。だから、本心は自分の雑誌にそれらの作家の作品をのせる事を好んでいない。すくなくとも私に向ってはそう言いました。ウソかも知れませんが、しかしとにかくそう言うものですから、しばらくそれを信じて話を運ぶ以外に手はありません。「だのに、なぜ高い稿料を出してのせるんですか?」と問うと、これまたほとんど異口同音に「経営者や会計部がのせることを要求しますからね。編集者なんて弱いもんで、経営者や会計には頭があがらんですからね」「しかしどうして経営者や会計部がそんな要求をするんでしょう?」「それは、あたりまえでさあ。風俗さんや肉体さんをのせると雑誌が売れるからですよ」「なるほどそうですか。しかし[#「しかし」は底本では「「しかし」]風俗さんや肉体さんをのせると、どれ位よけいに売れるというタシカな事を調べましたか?」「いや、それは調べません。なんとなく、そんなふうな気がするんです」
 こんな編集者が一体全体、編集者と呼ばれる価値があるかないかを言い立てるのは私の任ではありません。次に購読者です。五十人ばかりの中で、特に風俗さんや肉体さんの誰それの小説を愛読しているという人は一人もいませんでした。つまりその誰それの小説がのっているから、その雑誌をわざわざ買うという者は一人もない。どれでもよいのです。ただ、百円サツを一枚にぎって書店へフラリと寄って、寝ころびながら読めるような面白そうな雑誌を一冊買おうと思った時にこの雑誌には、たとえば肉体派作家某大先生作「彼女がうなる時」という小説がのっていて、あの雑誌には、たとえば三好十郎作「わけのわからん頭痛」と言ったふうの作品がのっていたとすれば、五十人中四十九人までが、この雑誌を買います。つまり三好よりも某氏の方が四十九倍だけよく売れるのです。理由は、これだけです。これ以上でもこれ以下でもありません。これは実に冷厳な事実でした。この事実を私は認めます。事実以上でもなく、以下でもなく認めます。
 そんなわけですから、風俗派や肉体派の諸氏はメイカアならびにセイルスマンとして自信を持って可なりです。同時にまた、彼等の商品が売れるのはそういう意味で売れるのであって、別にその内容が人の信用を得ているから売れるというわけではないようだから、彼等がメイカアならびにセイルスマンとしてあまりに自信を持ちすぎるのは当らないし、コッケイでしょう。前記の我が憎々しい友の言葉を借りて言うならば「小豚どもよ、喜べ。なぜならば天下はお前のものだ。しかし小豚どもよ、あまりに喜びすぎるな。なぜならば、お前のものである天下は、お前のおっぴらいた鼻づらの周囲一尺四方ぐらいの大きさであるからだ」という事になります。事の当否は別にして、実に度しがたいのは、小豚についての彼の固定観念です。閑話休題!
 私が思うに、だから、風俗派や肉体派にとっては、作品の内容よりも表題と作者名が大事になります。現に、これらの作家たちは表題に一番苦心している形跡があり、事実またたいがいの場合に彼等の一番の傑作は表題です。そして、ある種の商品にとって一番大事なのは、その名称とキャッチフレイズであるにちがいないのです。
 私はこれらの作家たちを呼ぶのに小豚派などを以ってするのは不当なる悪趣味だと思いますから、それを修正するためにも、また、風俗だとか肉体だとかのアイマイな呼称をなくするためにも一つの提案をします。これらを一括して表題派作家と呼ぶことにしたらということです。端的にして正鴻な名だと思いますがいかがでしょう。

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 以上、これらの作家たちについて、商品学的見地から冷静公平に眺めることが出来ましたが、さてこれを文学芸術的見地から眺めはじめますと、事がらが、非常にコンガラカッて来まして、第一、冷静公平
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