に終始することが、なかなか困難になってきます。しかも、前にも書いた通り、これらの作家たちの在りかたや作品の中に文学芸術上の問題になり得る事がらは、ほとんど無いように見えるために、筆不調法な私などが、強いてそれをすると、ややともすると罵倒の言葉ばかりが飛び出して来やすいようです。それでは御当人たちに失礼でありますし、かつ、そんな罵倒の言葉ばかりをつらねて、己れ一人高しといばりくさって、ただ、いたずらに御当人たちをコウフンさせることは、私の本意でありません。そんなことよりも、これらの作家たちの作品を入念に拝読した上で、どこがどんなふうに粗雑であるか、また、どの個所とどの個所で他動詞が自動詞にまちがって使われているか、また、どこがどんなふうに文学青年以下に低級であるか、したがってまた、どこがどうであるからして、そんなにノボセあがらなくともよい、と言ったような事を作品自体に具体的に添いつつ述べた方がよかろうと思いますし、現に今後二、三の場所で、それに似たことをしてみる予定が私にありますので、ここではその事におよびません。
 ただこの事にいくらかの関係のある事で、フンマンにたえなかった事がこの間あったので、それをチョット書きましょう。
 田村泰次郎さんが、たしか「文芸往来」だかに「尾崎一雄」など清流で、孤高で、寝ながら虫などを相手にして書いていればよいが、私などドロンコの現世と肉体の中で、ゴチャゴチャと汗みどろで力闘して書かなければならん」と言ったような意味のことを書かれたのに対し、尾崎一雄さんが「東京新聞」で「私は清流でも孤高でもない。寝ているのは病身であるからに過ぎないので、ドロンコも肉体も田村君と同じだ。それを不当に歪めて言うのはおもしろくない」と言ったふうに抗議されていました。それについてです。
 その両者を読んで私はフンマンにたえなかったのです。こう言うと、たいがいの人が、私が、これまで書いて来たことから推して私のフンマンの相手が田村泰次郎だろうと思うでしょう。どういたしまして、尾崎一雄に対してなのです。
 そのフンマンがどんなものかと言うと、こうです。簡単に書くために、ドストイェフスキイ作中人物風の言い方を借ります。
 尾崎一雄よ、お前が良い作家であることは私も世間も知っている。もちろんお前は田村の言うような清流や孤高ではない。お前は営々として努力し、苦しみ、鍛え、耐え、そして真に生き、作品を書いている、お前の人生も作品も狭い。また、見方によって浅いとも平凡とも言えるかも知れぬ。物たらぬ点がいろいろある。しかしお前は美しい。あらゆる謙虚なものが美しいように美しい。お前はホンモノだ。小さいかも知れぬが、ホンモノだ。それを私も知っており、世間も知っている。そのお前が、どんなにひっくり返して見てもそれ自体として全く意味を成さないほどに偉大なる者の言いがかりに対して、そんな形でそんなふうにカンを立てるのは、なんという事であろう。それによってお前はお前自身を卑しめ、お前自身を侮辱しているのだよ。それによってお前は、お前に言いがかりをつけた者の低さにまでお前自身を低くしているのだよ。それが私は腹が立つのだ。お前はお前自身に恥じなさい。
 ――大体、そんなふうなフンマンでした。今でも多少感じています。
 その場合田村泰次郎についてどう感じたかですって?
 なんにも感じませんでした。鹿よりも象の方が目方が重いから象の方がえらいとか、この男が原稿三枚書く間にあの男は八十枚書けるから、あの男の方がえらいとか言う見方もあって、そういう見方もまんざらまちがいでは無い場合もありますがそれは主として物理的な問題ではないでしょうか。

 ただ、次ぎの事は一言して置かなければならぬ気がします。作家としての尾崎一雄の世界が片寄ってしまっているのが物たりないとか、また、尾崎が作家的手段として持っている「アミ」がいくらか古めかしく、純粋になってしまって、今のこの現代生活というものの流れに浮いたアクタモクタの全部は、尾崎の「アミ」に引っかからなくなっていると言うならば、それは或る程度まで当っていると思います。とくに戦争を自分のなま身でもって生き、通過して来た上で、今のこの荒々しい時代の中で、作家としての自我と仕事を確立して行こうとしている人間には、尾崎一雄流の人生観や創作方法では、やって行けないし、やっておれないし、やってはいけないとも言えるのです。
 田村泰次郎の尾崎に対する反ぱつも、意識的無意識的に、そこに根ざしている事は理解してやらなければなりません。そうでないと田村に対し不公平だと思います。
 つまり、田村が作家として意図している所は、なっとく出来るし、なっとくしてやらなければならぬ。しかし、あとがいけない。田村は尾崎よりも十倍もむづかしい所を意図しながら
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