われわれの批評家たちに不足しているのは、学識や見識などよりも、この社会的パトスです。「世と共に楽しみ、世と共に苦しむ」意志と熱情です。その意志と情熱から生まれる「人の身になってみる」想像の力です。それが不足していないならば、どうしてこのように一人よがりな、このようにわかりにくい批評文ばかりが流行する筈がありますか。
 次ぎの証拠は、批評家たちが、着実さを失っている所にあります。先ず、批評しようとする当の事物や作品の実体を掴み理解するための手順に丹念さがたりない。アテズッポすぎるのです。作品の批評をするのでも、その当の作品を二回も三回も読んだり、ノートをとりながら読んだりしている批評家は、ほとんど一人もいないようです。パッと読んでパッと批評を書くらしい。中には作品全部を読まないでパラパラとめくって見て批評を書くのがおる。作家こそ、いいツラの皮です。もっとも、これには作家の側にも責任があるようで、一晩に四、五十枚も書きとばして、ロクに読み返しもしないで発表してしまう腕力派もあり、そして、その事が作品を読んでみると手にとるようにわかるものですから、そのような作家の作品を丹念に読む気がしないのも無理がないと言えますけれど、実はそのようなデタラメな作品を叩きつぶし追い出してしまうためにも、批評家が丹念に読む必要があるわけです。それは批評家は多くの読者大衆の選手として読み、かつ、批評する者です。天才またはキチガイが中空に向って歌を歌うのとは、ちがうと思うのです。客観的に実在するものについてものを言う仕事です。しかも、批評家が今の日本に五十人いるとすれば、日本の全人口数を五十で割った――たとえば五万人とかの人間が、自分のうしろに控えている、それだけの人間が自分の肩の上に乗っている、それだけの人間がこれこれの事を言ってもらいたがっている、それだけの人間の文化的イノチをあづかっているという意識でもって自ら重しとする所に立たなければなりません。これまた、社会的パトスであります。それが有れば、たとえ作家が作家たらずとも、批評家が作品をもっと丹念に読むぐらいの事は出来ようではありませんか。
 読みかたが粗雑だと、それについての批評も粗雑にならざるを得ません。アテズッポになるわけです。そして、それを蔽うために、批評は大言壮語になってしまう。今の日本の批評界ほど大言壮語に満ちた所はないでしょう。「カタギ」な仕事や空気が非常にすくなくなってしまっているのです。

          3

 Kさん。
 ――というふうに、私は良い気になって語っていますが、あなたから見れば、さぞ片腹痛いことでしょうね。というのは、あなた御自身一個の批評家なんですから。しかし、まあ聞きなさい。たしかにあなたは、すぐれた批評家です。しかし、そのあなたにしてからが、どだいナッテいない。為すべき事をしようとしないじゃありませんか。
 つまり、だから、それを私が一つして見ようと言うのですよ。私は批評家ではない。しかし、待っていても、あなたは沈黙している。そして他の大部分は大言壮語している。しかたがないから、その任でもないのに私が出しゃばって見ようと言うのです。批評家がなすべきことの一つを私がやって見ます。「批評家Kよ、後学のために見ておれ」と言うわけです。無学にして怯懦なること私のごときでさえも、この程度の勝負を演じることができることを、あなたの前に示して、それによって、あなたの奮起をうながそうというわけです。もちろんあなたや大方の批評家たちから見れば棒ふり剣術にちがいない。「野郎、今に眼から火を吹いて、ひっくりかえる」でしょう。そのひっくりかえる所まで御覧に入れましょう。
 そうですとも、ノボセあがりはじめると、どこまでノボせるか方途のない人間ですよ私は。――そういうつもりで、この文章を私は書きはじめました。そして、そのためのさしあたりの方法としては、この私という人間が文学芸術をどんなふうに読み味わい、それをどんなふうに考えたり自分の血肉にして来たか、しているかについてオシャベリをしようと言うのです。それもなるべく具体的に、それぞれの作品や文芸現象などに密着しながら語ってみようと言うのです。やり出したら、すこしつづけてやります。しかし、此の回は、もうだいぶ紙数を食ってしまい、あと作品評をはじめると、中途半端になりそうですから、それは此の次からはじめるとして、今度は余った紙数で、ついでの事に、今の批評家たちの個々についての私の見かたをのべておきましょう。そうすれば、今の批評家たちに対する私の不満が、もうすこし具体的にわかってもらえるでしょうから。同時に、恥をしのんで「カイより始める」ところの私の批評の功と罪とが、前もって、よりハッキリするでしょうから。
 先ず、青野季吉とか正宗白鳥とか
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