もちょっと判断できないのです。買う人間にとっても、売る人間にとってもです。そのようなものを、自分の品物には悪いバクテリヤもついていず腐敗もしていないという自信を持ち得るような手順を踏み、つまり買う人に対する責任をしっかりと持ちながら、零細な利益でもってアイスキャンデイを売るというのが良いアイスキャンデイ屋になることなのですが、これが実は想像に絶するような困難な仕事であるということが、あなたにわかっていただけるでしょうか。そして批評は、どう安く見つもってみても、アイスキャンデイを扱うよりもめんどうな仕事です。しかも同時に、アイスキャンデイを仕入れるには多少の資本を要し、売るには多少の労力を要しますが、批評をするには一束の原稿紙と十滴ばかりのインクさえ有れば、あとは何にもいらない――つまりアイスキャンデイ屋よりもズット手易いという関係になっている点に注目してください。
という事は、つまり、批評および批評家が、くだらなく低級になるにも、立派に上等になるにも、そのどちらにつけても、トメドがないということです。そして今の日本の批評および批評家たちは、トメドがなく立派に上等になっている状態であるようには見えません。その証拠を一つ二つあげてみます。
と言っても、めんどうな証拠ではありません。私はめんどうなことはきらいです。たとえば、或る人がどの位にえらいかという事を知るのに、私はその人がえらそうな顔をしたり、えらそうなヒゲをはやしたり、えらそうな姿勢をしたり、えらそうな言葉を言ったり書いたりした事をよりどころには、あまりしません。それよりも、その人が他とむすんだ約束をどの程度まで守ったかというのを標準にします。約束を守る程度に正比例してその人はえらい、立派な人間です。これには絶対にまちがいありません。すくなくとも、私においてこの標準は一度も狂いませんでした。私は、たいがい此の式です。
で日本の批評家たちが、あまり上等でない証拠の第一は、彼等の書く批評文が、ちかごろ、むやみやたらに、むづかしくなっているという事がらの中にあります。普通の人に読んですぐわかる批評文を書いているのは、青野季吉と正宗白鳥と渡辺一夫ぐらいで、他はたいがい、いけない。語られている事がら自体がむづかしい場合に、それの表現が或る程度までむづかしくなる事は、やむを得ません。相対性原理をタシザンとヒキザンだけで説明することはできない。しかし批評家たちの物の言いかたの難解さはそんなものではありません。ごくやさしい事を言うのにも、ひどくむづかしく言う。むづかしい事言う時には、まるきりわからないように言う。それはまるで何かの病気のようです。全体、この人たちは誰のために批評を書いているのだろう? 誰に読ませるために? 誰に理解させるために? 誰に影響をあたえたいために? 誰を啓発し、誰を激励したいために? 一言に言って、誰と語るために批評を書いているのでしょうか?
もちろん、日本の文化人の間には、難解なことを読まされると、それが自分によくわからないという理由で、尚いっそうそのものを尊重するマゾヒスティックな読者が、かなりおりますから、それらに対する批評家たちの順応の現象だともいえない事はない。しかしどんな批評家でも普通の正常な心理を持った読者は相手にしないというタテマエではないだろうと思います。公に物を書く以上、なるべく、たくさんの人々に読ませ理解させたいと志ざされたものであると思ってもさしつかえないでしょう。すると、事が志しとあまりにちがい過ぎます。すこしは人の身にもなって考えたらよろしい。つまり読者の身にもなって批評文を書いたらどうだろうと思うのです。これは、文章の書き方や文字の使い方だけのことではありません。書かれている内容自体についても言えます。すこしは、人の身にもなって考えたらよい。人と言うのは、現に生きている隣人のことです。この地方の人たちのことです。この民族のことです。この国民のことです。この時代人のことです。つまり、この社会と世界のたくさんの人間のことなんです。これらの人間たちと共に苦しみや楽しみをわかち合い、それと共に生きるために彼等に向って話しかけようと言うのに、批評家たちは、なぜに好んで難解な「方言」を使うのでしょうか? パンパンでさえも自分の身体を「社会的」に使いたいと思う時には、「ハロウ!」と言うではありませんか。中には無知や病気のために、難解な物の言い方をする批評家もいるでしょう。しかし、中には、このたくさんの人間たちと共に苦しみと楽しみをわかち合い、それと共に生きるために彼等に向って話しかけるという意志や欲望――(すなわち、批評家が何よりも先に持っていなければならぬ社会的パトス)の欠如から、難解癖を起している批評家もいるようです。
そうなのです。
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