の、自然主義時代からの文学界のうつり変りを見て来た老兵たちがあります。宇野浩二などもその一人でしょう。みんな、ネレた眼を持っています。言うところも懇篤です。見当はずれなことはしない。前に書いた着実さが、この人たちだけには備わっております。壮大な空言を弄しない。自身の小主観を振りまわさない。それと言うのが、この人たちは、文学芸術を心から好いているためです。惚れていると言ってもよい。青野や宇野はもちろんの事ですが、正宗など文学などつまらんというような事を度々言いますが、それは此の人の習慣であるにすぎないので、どうしてつまらんどころですか。そんなにつまらなく思える事を四、五十年間変りなくつづけておれる道理がない。アイソづかしを並べるのは「彼」の歌であるにすぎません。
 ただ此の人たちの批評に、火はない。パトスはない。年数を経てよくネレたミソが、うまくはなったが、臭味も塩気も取れてしまったように、刺戟も指南力も失われてしまったのです。この人たちの批評をいくら読んでも私たちは、どうしてよいかサッパリわかりません。右にも左にも踏み出せません。視力は散大するだけです。それはちょうど人生というものを深く知った達人が此の人生の前に立ってウーンとうなって眺めているようなもので、人生の味の諸わけが深くわかっていればいるほど、たとえば今その人生のドまんなかで生きている人が自分の生き方について迷い悩んでいる事がらについて此の達人に相談を持ちかけて見たとしても、達人は「いや人生というものはイロイロだよ。実になんとも言えん所だ。ああも言えるし、こうも言える。ああも見えるし、こうも見える。それが人生だ。」ウーンと唸るだけで、ついに身の上相談にはならんのに似ているでしょう。つまり、この種の達人は実際的には幼児と同じなのです。達人は知っています。幼児は知りません。しかし、マジマジと見つめるだけで無為である点では両者同じです。つまり、そこからゾルレンは生まれて来ないのです。言わば、この人たちは文学の「大通」です。大通と言うものは、元来助平が腰抜けになったものです。性慾旺盛では大通にはなれん。新しいイノチを生み出す力はない。イノチを生み出すためには刺戟が必要なのが、この人たちには刺戟する力がないのです。色の諸わけ、恋のくさぐさの実相を客観的に冷静に眺め得るのは腰抜けに限りますが、自分の中に生きたものとしての色と恋と性慾を持っている腰抜けでない人間にとっては、そんな冷やかな観照は、なんの役にも立ちますまい。そういう意味で、この人たちは既に非人間的で、古いのです。文学芸術はタテのつながりから見ても横のひろがりから言っても生けるイノチなのですから。
 在るがままの人生、在るがままの文学の味が深く複雑に充分にわかりながら、しかしその上に立って、在るべき人生や在るべき文学の途を見出したり生み出したりすることは出来ないものでしょうか? 私は出来ると思います。それが、ホントに人間的な、そして実はもう一段高い達人の姿だと思います。そして、それが新しい態度だと思うのです。言って見れば、七十才になって十九才の処女に恋をしたゲーテは、「ヰルヘルム・マイステル」を書いた時のゲーテよりも、より高いし、より新しい。「大通」が、大通のままでオボコ娘に恋をしたら、それこそ「大々通」でしょう。青野や正宗や宇野が文学に対して助平なことはまちがいありません。彼等の前に文学が昔の恋人のようにではなく、また、古女房のようにではなく、新しい恋人のように立ち現われ、見えて来る事はあり得ないでしょうか? あり得るだろうとは、にわかに私には言えません。しかし、あり得ないとは、私は思いたくありません。そして、もし、それがあり得たら、彼等の批評の中に火が、パトスが、生み出されるでありましょう。つまりホントに立派な批評になるだろうと思われます。「それを読んでも、どうしてよいかわからない」批評を書く人に小林秀雄および小林と似たような行き方の批評家たちがおります。福田恒存などもその一人でしょう。勉強家ぞろいで、頭が良い。時々おそろしく鋭い、うがった事を言います。それで、ついて行っていると、そのうちに、前に言った事とは正反対のことを、やっぱりおそろしく鋭い、うがった言い方で言って前に言ったことを根こそぎひっくり返して見せたりします。どちらも当人はチャンとやっているのでイカガワシイ気持はしませんが、ギョッとはします。読んでいて困ることは事実です。パトスでふくれあがっている。だから非常なオシャベリになるか、でない時は失語症みたいになる。批評の言葉から血が流れ出すこともある代りに、べた一面にヘラズぐちにヨダレをまぜて垂れ流す時もある。ずいぶんいろいろにソフィストケイトしている。この人たちの批評を読んでも、頭脳の体操にはなるが、客観的
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