術と見るでしょうから虚偽ではないと言うでしょうが、私はそんな複雑な言葉の使い方に馴れていませんから「自分がホントにそうしようと言う気が無いくせに、そうしようと言う」事の全部を虚偽とするのです――カンタンです。そんな虚偽ないし虚偽者を拒否しなければならぬでしょう。拒否することが出来なければ、われわれ自身の方で引きさがらなければならぬと思います。
なぜなら、われわれが「あらゆる戦争」を防止するための平和運動だから[#「平和運動だから」は底本では「平和運運だから」]と思いこんでそれに参加してセッセと努力しているうちに、状勢が或る段階へ差しかかった最も重要な瞬間に、肩を並べて進んでいた主導者または同志(平和運動の)が出しぬけに「ある種の戦争」を肯定したり、場合によって運動全体をその戦争のどちら側かへ引っぱって行こうとしたりしたのでは、われわれ自身は、実にたまったものではないのですから。いくらなんでも、私はそんな殺生な煮湯は呑みたくないのです。この事なのです、私がヘンに思うのは、それを、あまり人が言っていませんし、書いてもいません。これは問題にもなんにもならぬ事がらだからでしょうか? やっぱり私の頭が悪いせいなのでしょうか?
私の考えでは、これらの事は、わが国における文化的人民戦線樹立の失敗の原因や責任、および今後におけるその可能性や不可能性の考察へのモメントや材料を提供している事がらだと思いますが、その事はこの次ぎにお目にかかった時にでも申しあげます。
以上のような事を私がなぜに特にあなたにあてて書いたかと申しますと、あなたが現在の代表的な評論雑誌の編集者であり、同時にあなた御自身一人の熱心な平和運動者であるからだけではありません。現在のジャナリストの中には、何か妙に思われるほどに多数の共産主義者や共産主義の支持者がおりますが(――その事自体は別に批難すべき事がらではないでしょうが)、それらのジャナリストの編集している諸雑誌が現在のところ戦争防止、平和運動の文書的展開の最重要な場所になっている現状の中で、先ずジャナリスト自身のこの問題についての態度や関係がどんなふうになっているかが重要の事だと思ったからです。
雑誌や新聞は、古いタトエですけど、「社会の鏡」であり「社会の木タク」であるにちがいありません。鏡や木タクには、何よりも先ず正直であることが要求されてもよいと思います。現在のジャナリストたちは「腹芸」を演じすぎます。マキァヴェリズムが多過ぎると思うのです。実は共産主義ないし共産党の基本線にそって編集されている雑誌が、表向きはそうでないようなフリをして見せたり、「共産革命政府」と言えばハッキリするところを「人民民主政府」と言ったふうのまぎらわしい言葉を使ったりする理由が、「腹芸」やマキァヴェリズム以外のものとしては、私にはわからないのです。正直に言ってくれる方が、自他ともに一番便利だし、そうしてくれても何の故障も起きないと思うのですけど。とにかく、ジャナリストが現在のようだと、私などの頭はますます混乱して悪くなるばかりのようです。
5 大衆作家について――ある文芸雑誌の編集者へ
Eさん――
あなたは、大仏次郎の小説をお読みになることがありますか? また、長谷川伸の最近の小説を読まれますか? 吉井勇の小説は? 久生十蘭の小説は? 獅子文六の小説は?
もし読んでいられたら、それらについてどう思われますか?
それから、あなたの雑誌にあなたがいつものせていられる「純文芸」作家たちの小説と、これらの「大衆」作家たちの作品とを較べて考えられたことがあるでしょうか?
これらの作家たちの全部が非常に良い作家であると言うのは当らないと思います。また、私自身がこれら全部を必ずしも好きではありません。しかし正直に、そして自由に、文壇常識の色眼鏡や伝説などにとらわれないで見れば、これらの作家たちが、或る種の「純文芸」作家たちよりもズットすぐれた作家であることを認めないわけに行かないのです。たとえば、井上友一郎などの小説よりも大仏次郎の小説は現代の「真」に近い。眼がオトナです。文章のキタエも本格だ。そして、おもしろい。また、たとえば、ここ四、五年来の長谷川伸の書くものが、里見※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]のものや永井荷風のものよりそれほど劣っているとは思いません。時によって、人間観照の眼のエイリさと広さにおいて里見や永井を越えていることがあります。また、吉井勇の小説は、その世界が狭く、かつ、古めかしいエスプリ一本のものですが、そのことを別にすれば、たとえば丹羽文雄や北条誠の小説などよりもズット[#「ズット」は底本では「ズツト」]世態人情の真に近く、本式の芸術的鍛錬を経たものです。また、久生十蘭の偏奇は時に鼻に来るにしても、と
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