にかく本物であって、田村泰次郎や三島由紀夫などよりは金がかかっています。また、獅子文六の小説の前に石川達三の小説を持って行けば、錬達の点でも面白さの点でも、大人の前に小学生をつれて行ったようなものだと思うのです。そのほかにも「純文芸」作家よりもすぐれた「大衆」作家はおります。
私には、こう思われるのです。ですから、あなたがたが、あなたがたの雑誌で右にあげたような「純文芸」作家の作品ばかりに場面をあたえられて、「大衆」作家たちの作をのせようとなさらない事の理由が私にわかりません。この点では、あなたがたはただ「文壇」という特殊部落的なセクショナリズムの悪習慣悪伝説になずみ過ぎて、ただ反射的無意識的に編集活動をなすっているのではないかと思います。それはあなたがた御自身として、雑誌編集という文化的に貴重な仕事をムダに喜びなくなさる事になっているのと同時に、この国の文学、文学界に不自由に強直した封建的なワクやラチや党派や閥などの横行を激励なさる事になっています。さらに、その事から、この国の文化世界を「インテリ」と「大衆」とのまっ二つに分裂させることによって、この国そのもののイノチを衰弱させる仕事を推進なさっている事になります。
お互いにもう、自分の眼の中からウツバリを取りのけて、物事をあるがままに見ることが出来るぐらいには、なってもよくはないでしょうか。また、私人として自分が是認したものを、公人として押し出して行くのをはばからない位の勇気を持ってもよい時分ではないでしょうか。つまり、あなたがたは、あなたがた御自身の見識を持ち、そしてそれに依って編集をなさってもよい時だと思うのです。そして、時によって大仏次郎や長谷川伸の小説があなたがたの雑誌の巻頭にのるようなことになって、はじめて私たちは自由に呼吸することが出来、正直に各作家を評価することが出来るだろうと思います。
こんな事を私が言うと、右にあげたような「大衆」作家たちはみんなオトナであって、満足して「大衆」小説を書いている人たちですから、「今さらいらざる事を言う」と言って笑うかもしれません。中には怒ったり軽蔑したりする人もあるかも知れないとも思われます。私から言いますと、そんな事は大した問題ではありません。そんな事は、みんなこの人たちが幾分かずつソフィストケイトしてしまっているからであって、そしてそのソフィストケイション[#「ソフィストケイション」は底本では「ソフィストケィション」]そのものがこれまでの文壇的セクショナリズムの害悪の結果の一つなのですから。勝手に笑ったり怒ったり軽蔑させておけばよろしい。必要なことは、当人が何と言おうと、物と人とが道理にかなって在るべき所に置かれるという事なのです。
言うまでもなく、右の「大衆」作家たちが或る種の「純文学」作家たちよりもすぐれていると言う事と、その一人々々の「大衆」作家自身がそれ自体としていろいろの弱点を持っている事とは、別の事がらであります。その弱点に対してまで私どもが「これは大衆文学だから」と言うようなハンデキャップをつけて寛大であるならば、それは私たちの感傷だと思います。現に大仏や長谷川をはじめ、これらの作家たちが、そのソフィストケイションの中で、ほとんど無意識抵抗の形に陥っているところの一般文芸に対する「白眼」的無関心は、結局はまちがった「自己卑下」と名人気質的ゴウマンとの混合物であって、作家というものが当然に持っている持たなければならぬ謙虚や自信から逸脱してしまったものです。そしてそのために、彼等の作品活動の全部にわたって釘が一、二本たりないような結果や、押しがすこし不足しているような結果が引き起きています。その点をもうすこし具体的に例示すれば尚よくわかっていただけると思いますが、今日は長くなりますから、それをしませんが、これを要するに、彼等から、「大衆」という冠詞を取り去るだけの自由な公明さを持つと同時に、その冠詞のために起きていた彼等自身の「戯作者」風の口実の一切を一蹴して、どんな種類のハンディキャップも存在しない文芸の競技場へ引っぱり出して来るだけの無慈悲さを持つという事は、私どもにとって大至急に必要な事だと思います。
あなたのお考えは、いかがでしょうか?
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恐ろしい陥没――批評と批評家について
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Kさん――
今年になって私は、戯曲や小説などを書くスキを縫って、雑誌「群像」にエッセイを七カ月つづけて書きました。その中でだいぶ人の悪口も言いました。われながら趣味の良いものではありませんし、また、そんな事を言いちらせば、結局は損をするのは自分だという事を知った上で言うのですから、あまり賢いとも言えません。それらを別にしても、作品を書くことを主とする作家が、他を批評する―
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