モドロさに気がつけばつくほど、句調と態度は鋭どく熱をおびてくる。額の汗を手の平で払い落して)――つまり、すなわち、かかる醜悪なる、恥を知らざる徒輩が最も多いのでありまして、それは、かの戦争中、諸文化の中で最も先頭に立って戦争に便乗し、協力したものが、映画であったという一事をもってしても、これは明らかであります!(カメラマンは、三芳に向っていろいろの角度からカメラを向けているが、だんだんカメラを引いて行きヴエランダの所まで来て、三芳と大野と記者と久子をも入れてスナップすべくファインダアをのぞいている)……戦争責任の中で最も根本的かつ重大なのは、良心の責任である。理念の責任である。われわれは、遠い昔を思い出してみる必要はない。一昨年――いや昨年の今ごろの映画人や映画界が何をしていたかをチョットでも想起するならば、思い半ばに過ぎるものがあるのである!
ツヤ (三芳が記者の筆を待ってしばらく言葉を切っている静かな間に、アッサリと一人ごとのように言う)昨年の今ごろ先生は大野先生のとこで、歎願書を朗読なすってた。
三芳 う?(熱くなっているので、ツヤ子の言葉が理解できない)
大野 (これはビクッとして)おいおい、ツヤ君!
記者 ……なんです?
大野 いやいや、この人は、その、チョットからだのぐあいを(と自分の頭を指して見せて)悪くしていて、その――いえ。
記者 ……(へんな顔をしてツヤ子を見やるが、すぐにまた三芳へ)そこでですねえ――
三芳 え? うむ、ええと、――
記者 けっこうです。われわれとしてもお説にまったく賛成です。で、ですねえ、残るところはこの映画界から戦争犯罪者を追放するとしてですねえ、各会社の、どういう部署のですねえ、誰と誰を――つまり、その範囲と人名を――なんです、その、摘発する必要があるかないかの問題をも含めてですね――そこんとこを、一つ、ウンと突込んで――
三芳 摘発する必要は、もちろんあります! その、その、このことは今後の日本を平和的文化国家として、真に革命し、再建して行く――なんだ――つまり――テッテイ的にこれまでの映画界から戦犯を追放することは、われわれの手でなすべきである! 他を待って、つまり他の力の発動に待つべきではない! いいですか! 断じて最後の一人まで追放しなければならない! これなくして映画界の再建と革新はありえない。つまり、たとえ、追放される者の中に僕自身が加わることになったとしてもだなあ! われわれは、これをもって――(昂奮して、バラバラと涙を流し、火の出るような語調と完全にしんけん率直な態度)摘発する! 私は摘発する! 日本を、日本の映画界を真に愛すれば愛するほど――摘発せざるをえない! これは文化人としての責任である。文化人としての良心である!良心をごまかすことはできない!良心をごまかしていれば、永遠にテッテイ的にわれわれは腐敗します! 摘発はテッテイ的に冷静無慈悲なものでなければならぬ!(卓をドシンとたたく)
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(その時、写真班の記者がパンとマグネシウムをたく)
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トンコ (久子の腕の中でびっくりして)ウオーウオーン。
三芳 かくのごとくなってきた情勢の中で、われわれは、われわれ映画人が、かつて犯していた罪悪が、いかに兇悪なものであったということを、今さらながら、いな!今までのどのような場合よりも百千倍も強く身にヒシヒシと痛感するのである!
ツヤ ゲエ!(吐く)
久子 どうしたの、あんた!
ツヤ ゲエ!
トンコ ウオーン!
三芳 それを思うと、泣いても泣ききれず、くやんでも、くやみたりません! 私どもの思想上の転換は、心底からの――日本人としての真の自覚である。どのような意味ででも外部の力から強制されたものではない! また、あってはならない。われわれは今ここに、われわれの自己反省、自己批判として映画界の戦犯を一々その名前をあげてその追放と退陣を要求するのであるが――なるほど、これは、情において忍びざるものがあるけれども、この際、ダンコとしてこれをあえてなすにあらずんば、この、日本映画をして、真にダンコとして――
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(ツヤ子の嘔吐の声とトンコのほえ声とを伴奏として、三芳の熱弁はつづく)
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[#地から1字上げ](幕)



底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
   1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「風刺文学」
   1947(昭和22)年9月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年1月5日作成
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