のです。状況いかんに関せずわれわれは、われわれの気持として――
大野 そりや薄田中佐殿もわかっていられるよ。いいじゃないか、まあ、坐りたまい。
三芳 はあ。しかし、あんまり、なさけないことを言われるもんですから。(グッタリ椅子にかける)
大野 ハハ、これで薄田さんは、君たちのためには、司令部あたりでも大いにはからってやって下すってるんだぜ。それを忘れちゃいかん。
三芳 それは、わかっているんですが――しかしそれだけにです、そんな方から、こんなふうにみられていると思いますと、実に――。いえ、それも、もともと自分たち自身のせいなんですから、いまさら誰をうらむということもありませんが、ただ、なさけなくって。われわれがこんなふうに完全に生まれ変って、日本人として天地に恥じない心持でなにしようとしているのを、わかって貰えないかと思うと、じつに、涙が出ます。
薄田 まあいいさ、わかっとる、わかっとる。ハハハ、まあ君も一杯やれ。(ビールびんを取る)
三芳 ど、どうも。(恐縮しながら、コップをあげ、頭をさげる)は、いただきます。
薄田 すべて、この度胸だ。君も活動屋なら活動屋らしくだな、もう少し腹のすわったことを――(ビールびんから[#「ビールびんから」は底本では「ピールびんから」]ビールが出てこない)ええと――
三芳 は、もうけっこうです。(また頭をさげる)もうたくさんです。(コップを見ると、からなので、キョロキョロそのへんを見る。そのいちぶしじゅうを見ていたツヤ子が吹きだしそうになる口を両手でふたをする)
大野 そうそう、もうみんなになっていた。どうもこりゃ失礼――。おいおいツヤ君、ビール。四五本いっぺんに。
ツヤ (笑いを引っこめて……)はい。(扉から出ていく)
薄田 ……(そのツヤ子の後姿を見送っている)
大野 (三芳に)ところで、君んとこのトンコなあ。愛が来たというのはホントかね?
三芳 (眼をショボショボさせて)はあ……だろうと思うんですけど。
大野 シロウトはこれで、見あやまることが、よくあるからねえ。
三芳 でも、近所のなにがゾロゾロ、その、附けまわして――当人もその、やっぱし、始終イライラしまして、なんですか――
大野 それじゃ、まちがいないかな。
薄田 どこの娘さんの話だえ?
大野 やあ、三芳君とこの――
薄田 そうかねえ、まだそれほどの年にゃ見えないが、そんなに良い娘さんがあるのかね。
大野 いやいや、せんに私んとこにいたのを、三芳君にゆずってやったんですよ。
薄田 はあん?
三芳 私の所でも、家内をはじめ、この、非常に好きなもんですから。
大野 こうしてここも、家の者たちを疎開させて、私とツヤだけだと二匹の世話ぁ焼けませんしね。メスは特に手がかかるんで。
薄田 なんだ犬の話かい!
大野 いやあ、血統が大事でしてね(と椅子の上のくめ八の頭を愛撫しながら)これと三芳君とこに行ってるトンコなど、まずテリヤでは東京で二ツガイ三ツガイという純血でしてな。ハハ。妙なもんで。血液を純粋に保つという点からいうと、理論的には、メスに変な雑種のオスをかけないようにさえ気をつけておれば良いわけだがそれがそういかない。オスが、あいだに雑種のメスにかかっていると、あとどうしてもうまくいかない。相手の女しだいで、オスの精虫や、このホルモンといったようなものが、影響を受けるもんですかねえ。おもしろいもんですよ。ハハハ、(くめ八に)くめ、お前、もうすぐお嫁さんに逢えるからな、それまでここいらで変な女を相手に浮気をするんじゃないぞ。
薄田 君の犬好きも、実にあきれたもんだ。
大野 やあ、ハハ(三芳に)トンコには、ズッとミルクは飲ましてあるね?
三芳 ええ。しかし、この、近頃、戦争がこんなふうになってきて、ミルクを手に入れるのも不自由になりまして――
大野 まあ、いいさ。じゃ、今日、バスケットに入れてこいつをつれて行ってくれたまい。カケるのは私が明日行ってカケるからね、それまで別々の箱に入れとくように。いいかね?
三芳 はあ、そりゃ承知しましたが、その、これなんですが(と、しょげきって、まだ手に持っている原稿を示す)明日の謝恩会に、これでよければ、一同を代表してこれを読んで、その――
大野 いいだろう。――(とアッサリ言って)途中ねえ、電車だと揺れて病気になるからね、すまんが、君んとこまで歩いてかかえて行ってくれんか。
三芳 (ほとんど泣きべそをかいたような顔)はあ。
薄田 さ、わしもソロソロ失礼しようか。じゃ大野君、よろしく頼むから。こっちへ引越して来るのは、明後日ごろになるだろうが、それまでに部下の者がトラックで荷物を運んでくるじゃろうから。
大野 承知しました。で、こちらの疎開荷物の運搬のこと、よろしく願います。こないだから、こうしてチャンとコンポ
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