ウをすましてあるのに、司法省あたりのサシガネでは、もう、なかなかラチがあきませんからねえ。あなたの荷物をはこんで来たトラックで、ついでに駅まではこんでもらえるとありがたいですがねえ。
薄田 なに、そんなにあわてんでも、どうせ隊の荷物としてはこんでやる。
大野 そうですか、そうしていただければ、何よりです。ハハ。しかしなんですねえ、あなたも、急にこちらに転出して来られて、こうして、まあ、きたない所ですが、私の内を御用立てすることができて、まずまあ、お寝みになる所だけはきまったとしても、御不自由なことですねえ。奥さんも田舎でおさびしい。
薄田 なに、ヌカミソくさい古女房などいない方が、うるさくなくてよい。家事はいっさい部下がやるんじゃから。
大野 いや、家事は[#「家事は」は底本では「実事は」]とにかくとしてですよ。おさびしいじゃありませんか。つまり、なんだ、陣中にじゃっかん、この、春色を欠くといった――
薄田 そいつは、夫子自身の告白かね?
大野 アッハハ、やられたねえ!
薄田 至る所[#「至る所」は底本では「到る所」]、青山有り。
大野 ああさようで! ヘヘ。(タイコモチと同じ口調で言い、右手で自分のくびすじをピチャリとたたく)
薄田 アッハハハ! だが春色は大いに有るようじゃないかね。さっきの、何とか言った――女中――
大野 いや、ありゃ、女中じゃありません。この三芳君の、ありゃ弟子でしてね、私が疎開ヤモメで不自由しているのを見かねて、三芳君が一時よこしてくれているんで――
薄田 ふーん、弟子――?
三芳 いえ、遠縁にあたる田舎から出て来て――
大野 女優になりたいというんで。三芳君は、活動屋なので、そういった役トクがありましてな――
薄田 なある――女優の卵か。どうりで――(ニヤニヤして)悪くなかろう大野さん。陣中に春色満つ。
大野 ごじょうだん! なんなら、この家にあの子もフロクに添えて御用立てしますか? ねえ三芳君?
薄田 そりゃ、いいね、ハハ!
三芳 (今度は薄田に、原稿を示して)ええ、これなんですが、いかがでしょう、従軍の願いをこういう形でしましても、軍部の方に廻していただけるでしょうか? われわれはわれわれの志を、なんです――その……
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(そこへツヤ子が、から手でもどって来る。薄田と大野がニヤニヤしているし、三芳がヘドモドしているので、入口に立ち止ってチョット三人を見ていてから、入って来る)
[#ここで字下げ終わり]
ツヤ あの、おビールは、いくら捜しても有りませんけど。
大野 穴倉の右の隅に、まだ一ダースぐらい有ったはずだが?
ツヤ いえ、穴倉も見たんですけど――
大野 そうだ、縁の下にかくしたかな。よし、よし、私が取ってこよう。(立つ)
薄田 わしなら、もうよいぞ。これからチョット廻るところがある。まっかな顔をして行くのも、どうかと思う。いよいよ引越して来てからユックリいただく。ついでに、部からビールとウィスキィ二十ダースも運ばしとくか。
大野 そう願えれば、ありがたいですねえ。でも、チョット(行きかけて)ついでに、どうです、家の中をチョット御検分願いましょうか。
薄田 そうかね、そんな必要もないと思うが。(立つ)
大野 いや、これであなた、休職司法官などの身分にしては、すこし不相応にこった建てかたの家でして、チョット自慢したい点もなくもないといった――(ツヤ子に)ツヤ君、こちらは、これからこの家に来ていただく薄田中佐どのだ。(ツヤ子だまって礼をする)
薄田 やあ。(ツヤ子のからだを眼でなめまわしながら、先きに行く大野について扉から出て行く)
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(間――ションボリして椅子にかけている三芳。それをツヤ子が立ってだまって見ている。くめ八は相変らず行儀よく椅子の中央に坐っている)
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ツヤ ……(両肩をゆすって、扉の方をにらんで)チ!……先生、どうなすって?
三芳 うん。
ツヤ いよいよ従軍なさるの?
三芳 うん、まあ……(浮かない)
ツヤ いっそ、その方がいいわ、そうなさいよ。あたしなど、男だったら、今ごろこんな所にグズグズしていない。……気しょくが悪いったら、ありゃしない。これで、こんだけ大きなイクサしてるといえるの?
三芳 うん。いよいよ、なんだ、この……
ツヤ 前判事、報道部ショクタク、情報局ショクタク、保護監察所のエライヒト、大野卯平。ウヘエ……えらいんでしょう、とにかく? それが、毎日なにをしていると思って? ブローカァーや御用商人や、そいからエタイのしれない人たちが、コソコソやって来ちゃ、金だとか物だとか置いて行くだけでも、どんだけだか知れないのよ。軍部だとかお役所だとか、なんだかんだと、すぐに奥歯に物がはさまったようなことを言うのよ―
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