には保護監察所関係諸氏、間接には内務省、憲兵隊、情報局などに対して、私どもは心の底から感謝するものであります。しかしながらそれと同時に、否、それを通して私どもは、さらに偉大なる命の源流がわれわれに与えられていたということを、のっぴきのならぬ自覚にまで眼ざめさせていただいた大キミオヤのハカライに畏れかしこみつつ敬礼をささげるものであります!』(そこへ奥から、はでなモンペをはいたツヤ子が、盆にビールと二三の肴をのせたのを持ってくる。三芳が熱くなって朗読しているので、円卓の方へ行くのをチョット控えるが、すぐに薄田と大野に向って小腰をかがめてから、肴を卓上にならべ、ビールのセンを抜いてコップについでから、入口の扉の所へさがって、盆を持ってこちらをむいて立ったまま、人形のように無表情な顔をして、三芳の朗読を聞いている。この間もズッと三芳の朗読はつづいている)
三芳 『私はここに、このたびのミソギ行に参加した全員を代表して、感謝の言葉を述べることのできるのを、光栄とするものであります。しかしながら、私どもが心から感謝すればするほど、これがただ感謝にとどまっていてはならない、いや、感謝への念が真実なものであるならば当然それは、もっと積極的なものへ発展するのは当然でありまして……』
大野 三芳君、もう、いいだろう。
三芳 え? ……あのう、いえ……実は、この後がガンモクなんで、ぜひお聞き願いたいんですが――?
大野 ……(なにも言わないで、ビールをガブ飲みする)
三芳 ……(オズオズと大野と薄田の顔色をうかがっていた後、二人が強いて反対していないことを見てとって)じゃ、すこし、はしょって最後の所だけを――(朗読をつづける)『で、ありまして……ええと……そこで、つまり、私どもには、この感謝の念と、それに、最初に述べましたような、自らの兇悪ムザンな犯罪に対するつぐのいがたい罪の意識が有るのであります。加うるに、アッツ島その他におけるわが神兵の玉砕以来、戦況の日に非なるを、もはや坐視するにしのびないものがあるのであります。今や既にわれわれは、国民としての最後の関頭に立ちながら、筆硯を事としているのに耐え得ないのであります。併せて、われわれがわれわれの過去の罪悪に対する自らのつぐのいを僅かでも志すという点からいいましても、全身命をなげ打って第一線の銃火の中にミソギすることこそわれわれに残された唯一つの路であります。願わくば、われわれの志をあわれみ、挺身従軍の許可が与えられますよう、御高配下さるよう、この機会に切に切にお願申します。それも、出来ますならば、唯単に文化人として従軍するのではなく、銃を担い剣を取って一兵として従軍したいのが私どもの本望であります。かくて、私どもは私どもの志のクニツミタマに添い奉り、撃ちてし止まん日の鬼と化さんことを、ここに誓います! 以上、御願いのため、連署血判をもって――」
薄田 ほう、血判したのか?
三芳 はあ、いえ、これは下書きでして、大野先生に一応聞いていただき、これでよいとなりましたら清書しました上で――はあ。
薄田 痛いぞ、指を切るのは。
三芳 いや、それは――(心外なことを言われて、抗弁しようとするがやめて、大野を見る)
大野 なかなか良いじゃないか。(言いながら卓の上の小皿から肴の一片を取ってくめ八に食わせる)
三芳 はあ、実は、少し単刀直入に過ぎて、言葉が不穏当な個所も有るようにも思いましたが、とにかく正直に私どもの気持を訴えてですね、理解してさえいただければ、それでよいと思ったものですから。誠心誠意、ただそのことを――
大野 いいだろう。ねえ薄田さん。(薄田のコップにビールをつぐ)
薄田 そう。わしらの方として別に異存はないが――しかしまあ、そこまでなにしなくても、いいんじゃないかねえ。こないだ、隊の方で新聞や雑誌の連中を引っぱったのは、チョットほかのことでなあ、君たちとは別だ。それほど気にしなくともよかろう。それに、いま言ったその、理解さえしていただければというんだったら、なにもそう――
三芳 いえ、そ、そ、それは、そ、そんな意味ではないのです! これでもし許していただければ、一兵卒として従軍します、する気がなくて、誰がこんな願書を出したり――ちがいます、そ、そんな新聞や雑誌の連中が引っぱられたから、それにおびえて、それで、ゴマをすって私たちがこんなことを――心にもないことをしていると――そんな、そんなふうに取られては、立つ瀬がありません。し、し、心外です、そ、そんな――
薄田 ハハ、まあいいよ。
三芳 よくありません。そんなふうに私どもの誠意が――
薄田 誠意はわかっとる。だが君たちまで第一線に引っぱり出さなきゃならんほど、まだ、わが方の状況はなっとらん。安心したまい、ハッハ。
三芳 そのことではない
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング