れたからねえ――三つ指をついてさ、全くの日本趣味の――忘れもしません、三芳君が二度目に、この、引っぱられた時に、あんたが真青な顔をして私んところに駆けこんで来られた時さ――
三芳 おい、津村君の方は、いいのか?
久子 ……(言われて扉の方を見る。その扉口からツヤ子がスタスタ入って来る。手に編物の道具を持ち、腰に米の袋をさげている。入って来て一同を見るが、黙って隅の椅子にかける)……ツヤちゃん、あの津村さんごはん、食べてる?
ツヤ そでしょう……(編物をはじめる)
三芳 おきゅうじくらい、してくれたら、どうだい?
ツヤ ……(相手にしない)
久子 チ。(舌打ちをしてから、わざとツヤ子を無視して)ねえ、大野さん、どっかに私のスーツになるような布地はないかしら? そうね、ツウィードかなんか?
大野 そうですねえ、私の方は、布地など、チョット方面ちがいでねえ。しかしその方も知ってる奴に聞いてあげましょう、たいがいあります。しかし、高いよ。
久子 そりゃ今どきですもの、しかたがないわ。
大野 でもあんたなど、ツウィードのスーツなぞ着たりしていいのかねえ? たしか、この辺の、そっちの方の文化会とかの、あんた委員長とかって――
久子 フファ、古いわね大野さんも! 進歩的な仕事をする人間が、きたないナリをして自慢していたような時代と時代がちがうわよ。ハハ!
三芳 おい、久子、津村の方を見てくれ。メシがすんだら出かけるんだから、そう言っといてくれ、僕もすぐあとから本部の方へ行くからって。
久子 ホントにしょうがないわね。(言いながらツヤ子の方をジロリと尻目に見て、かかえていたトンコを前に大野のかけていた椅子に坐らせる)トンコちゃん、オトナにしてここに坐ってんのよ!(犬の顔に煩ずりをしてから、クリクリと尻を振りながら扉から出て行く)
大野 ヒ、ヒヒ!
三芳 (大野のコップにウィスキイをついでやって)――飲みたまえ。
大野 やあ、どうも……。
三芳 さっきの話のポシねえ、しかたがないからソックリもらうとして、フィート七円パにしてくれるよう話してくれませんかねえ、いいでしょう? あんまり慾ばるもんじゃないですよ。
大野 さあ、慾ばってるわけでもないだろうが、それじゃ先方がチョットかわいそうじゃないかなあ。それに、なんでしょう、あんたがたが、その新会社に合併するという話でも実現するとなると、すぐに使えるフィルムを持っているのと持っていないのとじゃ、話がだいぶちがってくるからねえ。ホントから言やあ、大きな会社へ持って行くか、または、少しメンドウだけど、材料店に切り売りすりゃ、三十円以下ということはないんだ。なにしろ終戦まぎわの製品でパリパリしたやつだそうでね。それを十五円で運ばせようというのは、これでかげながら、君たちに協力したいという気持があればこそなんだ。
三芳 ヘヘ、いや、けっこうですよ、だから協力してくださいよ、七円にして。いいじゃないですかどうせ、そんな品物も、つまり、言ってみりゃ、そのドサクサまぎれの――
大野 そんな君、そんな、あやしい品物じゃないんだ。なんなら現場へ案内したっていい。帳簿にもチャンとのっている品物なんだ。ただ持主が処分を急いでいるしね、チョットわけがあって業者の方へは廻したくないというので困っているんでね、見るに見かねて私が口をきいてあげているだけなんだ。
三芳 でしょう? だから、それでいいじゃないですか。私の方としても、いかがわしい物は引受けられませんからねえ。
大野 じゃ、ま、伝えといてみよう。しかしまず、それじゃ話にはなるまいと思うなあ。
三芳 だって大野さん、これが二千や三千のフイルムじゃないんですよ。三万とまとまりゃ、どこへ廻すにしても、チョット目立ちますよ。ね、フィート七円なら、決しておかしな値じゃないと思うんだ。それで手を打ちましょう。あなただって、先日から二度も足をはこんでいるんだから、なんじゃないですか、ここいらでモノにしなくちゃ――
大野 私あホンの使い走りをしているまでだよ。誤解してくれちゃ困る。まあ、じゃ、この話はこれぐらいにして、なんだ、ハハ、私も実は、こんな話を持ちこまれて迷惑しとるんだ。――ハハハ。……(キョロキョロそのへんを見て、ツヤ子に目をつける)……やあツヤ君……どうしたねその後? まだ映画には出ないのかね?
ツヤ ……もう私、映画はやめたの。
大野 どうして? 方々でニューフェイス、ニューフェイスで騒いでいるようじゃないかね? チャンスだと思うがなあ、君なんぞ――?
三芳 この人は、特攻隊に出ていた恋人が、それっきり戻ってこないので、目下、悲観中でしてね。
大野 へえ、そうかねえ……そいで、その大将、突込んだのかねえ?
ツヤ フフ。……(相手にならぬ)
三芳 大野さん、じゃ八円まで
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