ね――とにかくそんな人間が、いまさら、こんなことを言うと、あんたがたには、一応も二応もヘンに聞こえるだろうと思うが、しかし、たとえどんなにヘンに聞こえようとだねえ、この際正直に思うことを言ってしまいたいのです。つまり、あの当時、多少でもだなあ、軍閥や財閥の下っぱの所に足を突込んでいただけに、それだけに、私には尚更、やつらの罪悪が、身にしみてわかるんです。だまされていた! だまされていた! それがどの程度まで、どんなふうに、だまされていたか、どんなに悪どいファシズムの権諜によるギマンであったか、とても、とても、あんた方にはわからん!
三芳 (黙々としてウィスキィばかり飲んでいる津村に、大野の方をアゴでさして)この人は、古い司法官吏でね、戦争中、軍部や情報局や保護監察所に関係していた人だ。
津村 ふーん。
大野 なんだったら、私は、この私の身をもって知ってきた軍閥と財閥の罪悪史を――その具体的事実をだな、あんたがたに提供してもよろしい。機会を与えてくださればだな、あんたがたのほうの集会に行って話してもいい。たとえばです、たとえば、この、かりに戦争中の古いことは問わないとしてもだ、終戦当時だけを見ても、軍や財閥や一部の官僚が、くすねこんだり、横へ流したり、イントクしたりした物資だけでも、いかにバクダイなものであるか、それをあんたがたに聞かせたら、およそキモをつぶすだろう!
三芳 そんなに多いかなあ?
大野 多いのなんのって、君! だって、とにかく、焦土戦術というので、国内の物資はあらいざらい、その方へ吸いあげてしまったんだからねえ。とにかく、あと五六年は戦争をつづけて行くにたるだけの物が有ったんだから。どうです、津村さん、なんでしたら、こいつを、あなたの方に提供しようじゃありませんか?
津村 うん、そりゃ、なんだけど――ぼくらの方でどうするというわけにも行かんだろう。
大野 やりかたは、いくらでも有ると思うんだ。せっかく、あなた、あれだけの物が有るのに、だな、そいつをムザムザ――
三芳 だけど、あんたあ、どんなわけで、そんなことをわれわれの方になにしようとするか――その理由がだなあ。(この男の大野にたいする言葉の調子は、ていねいになったりゾンザイになったりする。大野の三芳にたいする言葉も同様)
大野 それは、君、さっきから、これだけ言う通りに――つまり――いや、心外だなあ、そんなふうに言われると。私は誠心誠意考えた結果言ってるんですよ。つまり、なんじゃないか、軍その他のイントク物資は、けっきょくのところ、もともと国民全部、つまり人民のものじゃありませんか。それをだな、この、人民の手に取りもどし、人民の幸福のために使うということは当然のことで――つまり、それですよ。そうなんだ。それを信じてもらえないのは、私は、この、――今さらになって、心にも無いことを言って――いや、ホントに、私は、できることなら、この胸をまっ二つに切り開いてですねえ、見せてあげたいですよ! 正直、しんけんに、つまり人間として、スッパダカになって、言っているんですよ、津村さん! (津村はだまっている)
三芳 (それを引き取って)しかしそいつは世の中がこんなふうになったので、急にそんなふうに言っているだけで、ほんのこの間まで、あんたがたは、やっこさんたちのために、そして、やっこさんたちのおかげで、さんざん働きもし、うまい汁も吸ってきたんだからなあ。現に、ぼくらも、君たちから、ずいぶんいじめられたんだからなあ。急に信用しろは無理じゃないかなあ。
大野 私らが、いつ、あんたがたを、いじめたりしました? 今になって、そ、そんなことを言われるのは、実に、実に心外だ。だって、私は君をはじめ君たち一同を、あらゆる機会にかばって、できるかぎりのことをしてきたんだ。正直言うと、私はあんたがたをあまりにかばい過ぎて、自分の立場をあぶなくしたことも二三度ある。内務省へんでは、大野はありゃアカじゃないかと言われて――
三芳 そりゃ、あんたのお世話になったこともありますよ。忘れはしません。感謝してるんだ、その点は、フフ、感謝してますよ。だってそうしなきゃ、しばってしまうというんだからなあ。殺してしまうというんだからなあ――。いやいや、口に出しちゃ、君たちはそんなことは一言も言ゃあしない。しかしあの時代の空気の中にチャンとそれだけのものはあった。それを君たちは百も承知していた。そいつを利用した。自分たちがエテカッテなことをしたり、利益をつかんだり、それから僕らをつかまえてアゴで使うことに利用したんだ。しかも口の先きでは、君たちのためを思うからといったような紳士的なことを言ってね。つまり、腹芸さ。そこいらのかげんは、実に、何ともかんとも、うまかったねえ。
大野 そ、そ、三芳君、そんな君!(バラバラ
前へ
次へ
全17ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング