んしきれなくなって[#「なって」は底本では「なつて」])黙りたまい! 何を言うか! それは、従来多少の手ちがいのために、僅かの敵機が潜入して来た事は有ったが、それをもって軍全体に対する信望をうんぬんする事は許さん! そういう事を言う奴は国賊である! そんな事を言いふらして、軍民離間を策する奴は――いや、とにかく、今後、わが空軍は東京周辺二十キロ以内に敵の飛行機の一機半機といえども、ぜったいに入れない!(にぎりこぶしで卓の上を猛烈に叩きつける。卓上のコップやビールびんなどが飛びあがって床の上に落ちる。大野は、その前から、薄田をなだめようと椅子を立っていたが、この勢いに手がつけられず、ポカンとして見ている。三芳は、やっと言い過ぎた事に気がついて、床の上に坐って、ふるえあがっている)
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(間。……その静けさの中に、だしぬけに、遠くから空襲警報のサイレンが鳴りひびいてくる)
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大野 お! (立ちすくむ)
薄田 ウム?……
三芳 ……(チョットきょとんとして大野と薄田を見あげるが、しかし、なにがはじまったのか理解し得ず、さらにまた薄田に向って二度三度と頭をさげる。その額が床板にぶっつかって、ゴトンゴトンと音がする)
ツヤ ……(これだけが冷静に、室の一隅の台の上にのっているラジオの方へ行き、スイッチを入れる)
ラジオの声 ……(せっぱくした語調。ただし、情報の途中からだし、サイレンの音にじゃまされて完全には聞きとれない)――大型機に誘導されたる大編隊――大編隊――大編隊――西南方より帝都上空に侵入しつつあり――西南方より――帝都上空に侵入しつつあり――くりかえします――大型機に誘導されたる大編隊――西南方より帝都上空に侵入――ガーガーガァ、ピッピ、ピッピ、ガァガァ――ワァワァワァ、ブー、帝都――(そこでプツンと切れてしまう。かなり離れた所で発射された高射砲のひびき)
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(と同時に、それまで立ちすくんでいた大野が兎が飛ぶようにフランス窓の所へ出て来て、その前の防空壕に飛び込む。それを見て三芳がヒョロヒョロしながら立ちあがり、途中で膝の力がぬけて、前につんのめって這ったりしながら、壕の方へ。それまで椅子の中で眼をむいていた薄田が、この時ユックリ立ちあがって、故意に落着いた足どりで二三歩あゆむが、にわかに尻に火が附いたように猛烈な早さで壕の方に飛んで来て、入口の所でマゴマゴ這いずっている三芳をはねのけて、壕にもぐり込む。その後から、三芳も這い込む。――以上三人の動作はおそろしく早く、ほとんど一瞬の間のできごと)
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ツヤ フ!(その三人のする事をみすましている)
大野 (壕の一番奥で)おい、おい、おい、ツヤ君! くめ八は? くめ八は? くめ八は、どうした? くめ八を、ツヤ君、ここへつれて来てくれっ! くめッ!
ツヤ ……(その声に椅子の上を見ると、くめ八は、まだそこに坐っている。スッと寄って行き、犬のくびの所をつかんでぶらさげて、扉の所へ行き、奥へ向ってポイとほうり込む。キャーン、キャーンと鳴声。ラジオから響いて来るブザアの音。ツヤ子すばやい動作でラジオ台の下から鉄帽を引き出してかむり、床の上に腰をおろし戸外の空をのぞいて見ながら、鉄帽の中に入れてあったゲートルを脚に巻きはじめる)
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(投弾と高射砲発射の爆音のきこえはじめる直前の、ぶきみな静けさ。奥のどこかで、キューン、キューンと犬の鳴声)
(防空壕の中に、こちらを向いて、大野、薄田、三芳の順で、きゅうくつに押しならんだ三人の姿が、同じように尻をかかとに附けてしゃがみこんでいるために、手がひどく長く見える)
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 三芳重造の家の応接室。
 大野の応接室とほとんどソックリ同じ作りの室。調度まで酷似している。ただし、すべてがあれよりもいくらか粗末だし、それに上手の壁が火のためにデコボコになり、赤黒く何かの動物の形のような焼けこげができている。
 三芳と津村禎介が卓をはさんでソファに坐り、ウィスキィを飲んでいる。二人からすこし離れた、そして二人のより粗末な椅子に浅く腰をかけて、熱心に話している大野卯平。三芳は和服、津村と大野は背広。
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大野 ……つまりですね、われわれ国民は、だまされていたのですよ! 軍閥や財閥や一部の官僚に、だまされていたんだ! それをハッキリ、断言することができる。なるほど、今こうして、こんなありさまになってしまった後になってですね、私のように、以前、この、役人をやっていて――つまり、なんだ、この獅子の分けまえにあずかっていた――ヘヘ、実にあわれビンゼンたる分けまえでしたが
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