、さあ一杯(と自らビールを注いでやりながら)あんまり、もったいをつけるな、つけるな!
大野 ワッハッハッハハ!(今までの少し過度なぶっちょうヅラを、まるで幕を切って落したように、ガラリと引っこめて豪傑笑い)ハッハハ、どうも、はや! ハッハハ、こういう憲兵もいるからなあ!
薄田 ハッハハ、皇国の前途、多望と言うべし! いや、冗談じゃないんだぞ、これから、われわれは、こうでなくちゃ、いかんのだ。まじめな話だよ。いいかね、今こうして乗るかそるかの戦争をしておる。戦争というものは、なんでもよいから、勝たなきゃ話にならん。いくら道義の聖戦のと言ったって、負けてしまっちゃサランパンだ。しこうして近代戦というものは金と物量がするんだ。金と物量は、あくまで金と物量であって、つまり物じゃろう? 物質だ。物質はテットウテツビ合理的に動くものである。それを忘れて、道義々々と言いふらしてだな、不合理な事ばかりしている精神家どもが国家をあやうくしよったんだ。いいかね? わしはこれから、そういう意味で、中央に坐りこんでいる石頭どもをすこし教育しようと思っている。
大野 賛成! 大賛成だ! けっこうですそいつは。人間は精神を持ってるが、肉体も持っているんですからな。つまり、みんな慾が有るんだから、そこをねらって――つまり戦争に協力することが、すなわち、その人間の利益になるというふうに動かして行かなくては国家の総力は増大しない! そのへんどうです、ちかごろ、君側の長袖連中などを見ていると、どうも、この、腰抜けというか――
薄田 だからねえ、君! (と酔って三芳に)常に頭をハッキリさせて、やるんだなあハハハ、だってそうじゃないかね、さっきの願書さ、そのそら――それによると、すぐにでも、従軍したいと言ってくる。そうだろう?
三芳 はあ。
薄田 はあじゃないぞ、従軍というのは戦さに行くことだぜ、遊びに行くのとはちがうぞ。それに行きたいと言っていながら、一方において、その活動の仕事のために、フィルムとかを手に入れたいと言ってる。命がけで従軍する人間が、どうして事業がでけるか? え?
三芳 そ、そ、それは、なんです、われわれとしましては、この――(あがってしまっている)
薄田 ハッハハ、もっと、この、おのれに対して正直になるんだねえ。転向者というのは、いつでも、する事が二段がまえ三段がまえで、腹が黒くっていかん! ころんでも唯は起きまいとしている。とがめているんじゃない、やるならやるで、もっと、かしこくやるんだなあ。そんなダラシのない頭じゃ、赤の再建なんぞ、おぼつかないぞ! ワッハハハ。
三芳 ちがいます! そ、そ、中佐殿! ちがいます! そんなふうに、言われる事は、私――このように、誠心誠意、なにしているのを、信じていただけない――残念です! この、この胸を――
大野 (薄田に)いや、この大将など、連中の中では感心なんですよ。とにかく態度がまじめだから。
薄田 そうかね、ハハ、まあまあ、いいさ、こうふんしたもうな、ハハ、ただわしは、どっちが本音だよと言ってるまでだよ。その、フィルムも手に入り、従軍願いも聞きとどけられたら、君の方で困りゃせんかと思ってね――
三芳 (涙をボロボロこぼして)以外です! フィルムの方は、私が、かりに従軍しましても、あとに残った連中が使って、――もちろん、中佐殿、私が従軍が許していただけたらただちに銃を取って、なんです――この、この決意だけは――どうか信じて下さい。ほんとに、私はこの胸の奥を叩き割って、見ていただいて――ヒッ!
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(くやし泣きに泣いて、椅子に坐っておられなくなって、床の上にすべり落ち、頭をさげ両手をつく。――その姿を、ツヤ子が片隅から冷然と眺めている)
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薄田 ハハ、まあいい、君たちは、落ちついて活動でも作っておる。それが一番無事だ。
三芳 (泣き狂いのような調子で)耐えられません! もう、われわれは、こんな、アンカンとして眺めてはいられません。そうではありませんか、アッツ島以来、南方諸島は失陥につぐ失陥、海軍は全滅、琉球もあぶなくなっている! このまま押し進んで行けば、どうなるんです? え? 私どもは、今や銃後にアンカンとして一日の安きを盗んでいられません! わかって下さい! しかも、半年前まで、軍部で言っていた本土空襲に対する、わが空の守りのかんぺきさなど、今となっては、まるきり空手形ではありませんか! 本土はおろか、この東京――この帝国の首都――向うの飛行機など唯一機といえども絶対に入れないと言われていた東京が、もう既に二度、しかも悠々とやられています! 今にして、われわれがわが方の戦力の信ずべからざる事に目ざめて――
薄田 (三芳の言葉の中途から怒り出したのが、この時がま
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