せんか、ツヤ子さんがどうしてもお米を出そうとしないんだもの。ホントにイケズウズウしいったら。
大野 (手を出して、久子の抱いているトンコの頭を愛撫しながら)ハハ、いやツヤ君なら、それくらいなことはヘイチャラでしょう。内に来ていた頃ねえ、どうもこいつは頭が少し狂っているんじゃないかと思うことが時々あった。(三芳に)ほら、私んとこにきていた薄田中佐ねえ、あいつと、あいつの副官を、いつだったかスリコギでぶんなぐったことがあるんだ。いや、どうもようすが、二人であの子にそのチョッカイを出したというようなことだったらしいけどね、ハッハハ!
久子 あれでチョットしぶかわがむけていますからね、ヒ! それにおまけに、ちかごろ、ばかに色気づいてきて、いやらしいったら、ないわ。いいかげん、あんな子を引受けてるの、ことわってしまいなさいと、しじゅう言っているんですよ。
三芳 だってそんなわけにゃ行かんじゃないか、叔母さんの手前――(ウィスキィをカプカプ飲む)
大野 そうそう色気で思い出したが、こいつ(とトンコの頭を撫で)も、おしいことをしましたねえ。あん時ぁ、たしかにかかったと思ったけどねえ。あの当時、空襲々々で、くめ八も一種の神経衰弱になっていたんだなあ。
久子 その後、どうなすって、くめ八?
大野 かわいそうだったが、進駐軍関係の人に、売ってしまいましたよ。家は焼かれる、失業はする、この年になってウロウロしている人間が、犬を連れてもいられませんからね、ハハハ! いやあ、もういけません、こう世の中がデタラメになってしまっちゃね、追放々々で、われわれの仲間などミジメなもんでさあ、もとの地方の所長で靴なおし屋になった男がいますよ。そりゃね、言い立てて見りゃ、われわれにだってそれぞれ言い分はありますがね、敗軍の将――いや将でもないが、とにかく、兵を語らずだ、ヒヒ! そんなことよりも、とにかく食いつなぐことの方が焦眉の急を告げているというわけ。
久子 ホントに、なにもかも変りましたわねえ。
大野 変りました。いや、実は、変った中でも奥さんの変られたにはチョット、びっくりした。さっき、そこから出てこられたときには、別の人かと思った、ヘヘ!
久子 そう言えばいつも、かけちがって、終戦後はじめてお目にかかったんですね。
大野 以前は、いつも着物を着て、マゲなどにゆって――いや、あれもよく似合っていら
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