―四五日前など、なんとかって映画会社の人と芝居の興業の人まで来るのよ。……君んとこの芝居はすこし、この、近頃、厭戦思想の傾向があるんじゃないかねえ、軍でも注目しとるようだから、すこし気を附けるようにしたらどうかねえ。……そしたら、その人が、そこに、今、先生が掛けてるその椅子だったわ、そこに坐っていたのが、ブルブルふるえ出して、まっさおになって、(しかた話)バッタのようにおじぎをしたわ。
三芳 ……あ、スッカリ忘れていた。(ポケットから一ポンドばかりの包みを出して卓に置く)……これ、君の家から送って来たんで、持って来たが――チーズさ――(ツヤ子が不意にだまりこむ)――いや、なんだよ、君もこうして大野さんにはやっかいになっているんだし――
ツヤ ……(チーズをにらんでいる)
三芳 (間が持てないで)君の家でも皆さん元気だそうだ。すぐになんだ、礼状は出しといたが、しかし叔母さんももう五十七だったかな、八だったかな、手紙から察するとだいぶ弱られたようだなあ。……せんのようにガンコなことも言っていない。ツヤのことはどうぞよろしくおたのみする――くどい位書いてあった。ここに来ている事は知らせてやってないの?
ツヤ ……。
三芳 ……なんだそうだね、君がいつか言ってた、ほら、一時、結婚するとかしないとか騒いでいた……イイナズケになってるんだろう? 隆二とかいう青年、こんど特攻隊に志願したって? 知ってるの君ぁそのこと?
ツヤ ……(無表情)
三芳 君をホントに愛しているんじゃないのかねえ?……(ニヤニヤして)え? 君ぁ、どうなんだ、好きなんだろう? どういうんだい、それが? 特攻隊といやあ特攻隊だぜ、まず命は無いぜ。なんともないの、君ぁ? じゃ、大して好きでもなかったんだね?
ツヤ ……(なんともないのかあるのか、そのことについて感情を動かしたらしいところはない。ニコニコして)あたし、先生のうちに、もどりたいんですけど、だめでしょうか?
三芳 え? うちに? どうして?
ツヤ どうしてってことはないんですけど、もどりたいんです。
三芳 だって君……困ったなあ…‥ここ当分、劇映画などどこでもとれはしないし、どっかに入社させてあげる機会も[#「機会も」は底本では「幾会も」]ないしね……第一そんなことすりゃ損だがねえ。ここにおりゃ大野さんの顔で挺身隊にも引っぱり出されないですむが、うち
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