ゥせてくれた「砂利人夫」には、それがない!
シニ しかし、僕にはあの「砂利人夫」は良く描けていると思ったがなあ。
ヴィン 良く描けているよ! そりゃ、そうだ。それを否定しているんじゃない。そうじゃないんだ。わからんかなあ、僕の言うのが? つまりね、つまり、ギョーマンは、労働している、砂利をシャベルでしゃくっている労働者を描いているんだよ。そうだろ? 労働者と言う、この、ホントの人間を描こうとしているんだ。だのに、ギョーマンは、ただそれを、花だとか樹だとか言うものと同じようにだな、つまり美の素材、絵の対象としてだけ描いている。それは間違っている。花や樹を描くんだって、実は、そうであってはいけないんだが、人間を描くのに、それでは間違いだ。現に、そのために、あのギョーマンにして、絵がウソになっている。虚偽だよ。どんな画家だって、美のために虚偽を犯してよいとは言えない。そうじゃないか、だって、あの「砂利人夫」が、シャベルをこう持ってだな、腰をこうして、左足をここに置いて、こうやっているのは、あれはウソだ。僕は炭坑に居たし、いろんな労働者をよく知っているから、言えるんだ。こうしてだね、シャベルが
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