唐フ方へ行くか。(言っている所へ、ヴィンセントとシニャックとが店に入って来る)
ヴィン (話しをつづけながら)いいやシニャック、君はまだわかっていない! 僕の言うことがわかっていないんだ。ギョーマンは、そりゃ、すぐれた画家だ。技術的な点では文句のつけようがないし、もちろん本質的にもすぐれた点を持っていることも確かだ。しかし、絵には、絵となってしまってからの、いろいろのことの前に、つまり絵画以前の問題として、もっと大事なことがある。それが一番大切だと僕は思うんだ。どんな風に見て、どんな風に描くか、どんな風に色を塗るか、どんなエフェクトを狙うかとかなんとか言うのは問題ではないんだ。いやいや、勿論それらも大事ではあるが、それよりもさらに大事なことがありはしないか。え、そうじゃないか? マネエは光それ自体を描く、セザンヌは自然を分光器にかけて描く、ゴーガンは色を追いつめ還元して描く、スーラは分析して点で描く。どれにも真理はある。しかしだよ、考えて見ると、しようと思えば、そのどれで描くことも出来るじゃないか? そうだろう? だから、逆に言うと、どれで描いてもよいのだ。技法はどれを使ってもいいと言
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