そうだよ、お祈りをあげてやらねえじゃ、シモンは坑内に埋まったまま、いつまでたっても天国に行けねえからね。
デニス そ、そうじゃねえってば! (叫ぶ)俺の言うのはだな、バコウの小母さん!
アンリ ハハ、駄目だデニス。ソッとして置きなよ。
老婆 ホホ、ホホ、そうだよ、だからね、やっとまあローソクが間に合ったでね。見てごらん、こんな大きなローソクは、死んだ亭主の葬式の時だって使いはしなかっただから……ホホ。(ホタホタと喜んでいる)
デニス 畜生。どうしてこの婆さんは笑えるんだ?
ヴェルネ お前にゃ、おっ母あが笑っているように見えるかデニス?
デニス だって笑ってら。
ヴェルネ 笑ってる。泣くかわりにな。……こうやってお前、六十年、笑って、生きて来たんだ。
老婆 そうだとも。やっとまあ、お祈りがあげられるからなあ。ありがたいことだ。
デニス ……(それを見ているうちに再び頭をかかえこんでしまう)
アンリ ハハ、だがそれにしても、あんまり遅過ぎるなあ。ここの先生? どうにかしたんじゃねえだろうなあ?
ヴェルネ うむ。
アンリ バリンゲルの方であんまりわからねえ話をするんで、喧嘩にでもなったと言うような――
ヴェルネ いや、そんなこともなかろう。仮りにもお前、宣教師だ。それにあの人の腹ん中が綺麗だってことは支配人も知ってるよ。
アンリ そりゃそうだけどさ、あんな一本気の人だ。まるでお前、こうと思い込むと気ちげえみてえになるんだからなあ。今月も先月も、自分の月給が送って来たら、一文残さずそいつでパンを買って、みんなの家い配って歩いたりよ、ベッドはウィルヘルムんちの病気のおっ母あにくれてやっちまって、自分はこうして藁ん中に寝てる。毛布からジャケツまで、お前、ゴッソリ困ってる家にやっちまって、自分は着たきり雀のあのザマだ。たしかこの五、六日は、身になるような物あ何一つ口に入れてねえよ。あんなに痩せっこけて、ヒョロヒョロして、うまく歩けねえような加減だ。下手あすると、途中でぶっ倒れてやしねえか?
ヴェルネ そうさ、喧嘩よりは、そっちの方かも知れん。もう少し待って戻らねえようだら、迎えに行って見るか。
アンリ だけどなんだなあ、ありゃ全体、どう言うじん[#「じん」に傍点]かねえ? わからねえ俺なんぞ。善い人で、お坊さんで、人のために尽すのが仕事だと言っても、どうもこのキツ過ぎやしねえかね? やることがよ? 自分には三文の得にもならねえ――言って見りゃモグラモチみてえな俺たちのめんどう見るために、お前、この半年の間にまるきり裸かになっちまったぜ、あの人は。住む所だって、こうだ。壁に絵がはりつけてあるから、ちったあごまかせてるけど、まるでへえ、なあんにもねえしよ、俺たちのどこの家よりも、ひでえよ、こいじゃ。
ヴェルネ うむ、変っていると言やあ変ってる。これまで宣教師もいろいろ来たが、あんな人は初めてだ。自分ではなんにも言わねえから、どんな量見だかサッパリわからねえが、並大抵のことであんなに夢中になって、お前、俺たち坑夫のために尽すこたあ出来るもんでねえ。内のハンナに、いつだったか、エス・キリストさまのしたのと同じことを自分はするんだと話して、涙あこぼしていたそうだ。
アンリ へえい、キリストさまと同じことをね?
ヴェルネ そう言ってたそうだ。俺にや何のことやらサッパリわかんねえ。なんでもブリュッセルや、そいからロンドンにも居たことがあるそうだ。
アンリ やっぱり宣教師でかね?
ヴェルネ いや、なんかこの、親戚の、絵を商ってる店に勤めていたそうだがな、うむ。
アンリ 道理で(壁の上の絵を見まわす)こんな絵を持っているんだなあ。
ヴェルネ なんしろ、きとく[#「きとく」に傍点]なじん[#「じん」に傍点]だ。自分の慰さみと言っちゃ、時々鉛筆なんぞで絵を描いてるぐれえで、着る物も食う物もあの調子、酒一滴飲むじゃなし、何がおもしろくって、こんな所でああしてるか。
デニス なあに、そいで自分で良い気持になっているんだい。俺たち労働者を救ってやろうてんで、つまり今言ったキリストと同じことをして福音をひろめると言うんだろう。汝自らを愛するが如く他人を愛せよか。そいで涙あこぼしたり苦しんで見たりして、良い気持になってるんだ。へっ!
アンリ また言うかデニス?
デニス なん度でも言わあ。世の中にはそういうおかしな人間も居ると言うことよ。当人は大まじめかも知れねえが、ホントウは道楽だ。第一おめえ、救うと言ったって、宗教だとか坊さんの力なんぞで俺たちのこんなありさまが、一体全体、救えるかよ? 冗談も休み休み言うがいいんだ。俺たちを救えるなあ、俺たちだけしきゃねえんだ。それによ、あの人の言うことあ決ってらあ。人はパンだけで生きるものに非ず、貧乏な人間が貧乏の中に福音を信じ祈りに
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