氏@y danse,――(ロレツのまわらない口調で歌いながら、スカートをつまみ上げてグルグルとワルツのステップ。あげく、スカートを踏みつけて、ヨロヨロと倒れる)
ヴィン シィヌ――(それを助け起こそうとする)そんなにお前――そんなに酔うほど飲むなんて――
シィヌ 酔ってなんか居ませんよう! 薬なんですからね。あたいには、これは薬なんだから――ひっ!(シャックリをしいしい、やっと助け起こされる)
ヴィン 僕がお前のことを、どれだけ何しているか、それを考えてくれたら、そんな――シィヌ、僕はお前と結婚しようと思っているんだ。だのにまたそんな――
シィヌ 結婚? へへ、結婚なら、してるじゃないのよ! なあによ? んだからさ、あんたあ、あたいを食べさせてくれて、その代りずうっとタダで私を抱いて寝たじゃないか? 何が不足があるのさ? そうでしょ?
ヴィン 僕の言っているのは、正式に式をあげて――
シィヌ 式? ふん、式かあ。式なら、良いとこの、そこらの紳士がたの――(と酔眼で、先程モーヴやワイセンブルーフの居た辺をキョロキョロとすかして見る。そこには、テオが先程からいたましさに耐えない顔をして立って、そちらを見ている)――お嬢さんと式をあげなさいよ! どうぞ御勝手に。いいわよう、あたいにかまわなくたって。
ヴィン シィヌ! 頼むから、お願いだから、少し落ちついてくれ! ね、クリスチイネ!
シィヌ あたしゃ、ハトバへ行って、ルノウの小母さんに頼んで、愉快にやるんですからね! ねえ小母さん!(ルノウのおかみに、かじりついて行く)そんな、紳士がたとのつき合いは、あたいの性に合わないんだ。水夫や荷揚人足相手に、ハシケの蔭かなんかで式をあげる方が気楽ですよ。シンキくさい、絵かきだなんて、薄っ汚い、子供のラクガキみたいな物描いて、理窟ばっか、こねてさ、シンキくさいったら! ヤだあ、そんなの、あたいは。もう、フルフル、ごめんだよっ!
ヴィン 頼むから、シィヌ、頼むから――
シィヌ 頼むから、小母さん、ハトバへ連れてってくれよ。頼むわよ。今すぐ連れてって!(ルノウのおかみを引っぱって戸口へ行きかける)
ルノウ そりゃね、なんだけどさ、そんなに酔っていたんじゃ――
シィヌ 酔ってなんぞ居ないと言ったら! へ、どんな男だって相手にして見せるわよ、ヘッチャラよ!
テオ あの――(見るに見かねて、隅から一歩出て)シィヌさん、私は、あの――
シィヌ ええ、ええ!(振返ってテオの方を見る、酔眼でテオをモーヴだと思っているのである)どうせ、あたしは共同便所ですからね! 臭いでありますよ! 紳士さまがたのお歯には合わないでありますよ! ハハハ、へっ! 何よう言ってやがるんだ! さ、行こう小母さん!
ルノウ 困るねえ!(シイヌに引っぱられながら)ねえゴッホさん!
ヴィン お願いだ、シィヌ! シィヌ!(引き戻そうとする)
シィヌ 石炭酸で、ようく洗いなよ。あたいにゃ病気があるんだから。うつってんだよ、お前さんにも。(ヴィンセントの手を振り切って)絵かきがバイドクになったらなんになるんだっけ? ハハ、ヒヒ!(笑い捨てて、酔っぱらいのクソ力で、ルノウのおかみを引っぱって、ドアの外へドタドタと消える)
ヴィン ……(叩きのめされたようにグタリとして、戸口のわきに立ちつくしている)
テオ……(これも、急には何も言えず、動かない)

[#ここから4字下げ]
――間。遠くで、はしけのホイッスル。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
ヴィン ……テオ。(力なく、こちらへ歩いて来る)
テオ 兄さん。……(なんにも言えず、そこの椅子に兄をかけさせる)
ヴィン ……僕は、まちがっているんだろうか?
テオ そんな……兄さんは、まじめに、なにしたんだから……
ヴィン 駄目だ俺は。……ただ、可哀そうなんだ僕はシィヌが。……先刻ね、モーヴとワイセンブルーフが、あれを侮辱した。いや、モーヴは別に、そうしようと言う気があってしたことじゃないけど。……そいで、そのためにシィヌは、ああなったんだ。……僕はどうすればいいんだろう?
テオ ……私には、なんにも言えない。どうしろと兄さんに言うことは出来ません。……しかし、兄さんが悪いためじゃない。兄さんが悪いんじゃない。
ヴィン いいや、俺が悪い! ……俺は実に、自分のわきの人間を、みんなダメにしてしまう。疫病神のような人間だ俺は。現に、絵を描くために、お前にこんな迷惑をかけたり、――(言っているうちに、ちょうど前に置かれた全紙の素描に目が行き)こ、こんな、うす汚い絵を描くために!(ガッとその板を掴んで、片手でその木炭紙を引き裂こうとする)
テオ 兄さん、何をするんだ!(と、そのヴィンセントの手を掴む。その拍子に板が動いて、素
前へ 次へ
全48ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング