Sーガンに頼むために、つい、そう言ったのだ。それをこの悪魔は、こんなふうに言って、俺に毒気を吹き込むんだ!、テオと俺との仲を裂こうとしてるんだ。そうだ、こ奴はマムシだ! ……しかし、もしかすると、テオは、もしかすると俺のことをそう思っているのか? 重荷だと思っているのか? 頭の少し変な兄が、下手の横好きで絵を描いてる、よせばいいのに、よせばいいのに、でもソッとして描かして置かないと、いっそう厄介なことになりかねないから、気休めを言って仕送りをして描かして置く。そう思っているのか? そう、ちっとでも思っているとなると、俺は俺は俺は――
ヴィン (暗い中に立ったままで)俺は、どうしたらいいんだ?

[#ここから4字下げ]
……ゴーガンがノッソリ立って、ゆっくり歩いて、マッチをすり最初天井からさがっているガス燈に、次に隅の小テーブルの上にのっている石油ランプに火をともす。落ちついているようでも、さすがにマッチを持った手が少しふるえている。――室内が明るくなる、石のように突っ立ったままヴィンセントがまだ握っている割れた瓶の首の、割れ目のガラスが宝石のようにキラキラ光る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
ゴー ……(それをジロリと横眼で見ながら、元の椅子へ行ってかける)
ヴィン ……(その椅子のきしむ音で、ゴーガンの方へ眼をやり、二人いっとき見つめ合っている。そのうち、手に持った瓶の首が眼に入り、ギクンとして、どうしてそんな物を自分が手に持っているかわからない様子で、それとゴーガンの顔を見くらべていたが、急に恐怖の色を浮べ、キョロキョロとあたりを見まわした末に、上手の洗面台の下に、瓶の首を押しこむ。そして元へ戻ろうとするが、また不安になって、再びそれを取り出し、階段下のカンバスの向う側にかくして、その上に何枚ものカンバスをのせる。そしてゴーガンの方をオズオズと見て)……あの、俺は、何か、したかね? 何か乱暴な事を君に、したんだろうか? 今の、この――
ゴー ………いいよ。別に何もしない。だけど、もう、しゃべるのは、よした方がいい。君は酔ってる。
ヴィン 何か、したんだろう? 悪かった。悪かった。……なんだか、先刻、テオがここへやって来たような気がしたんだ。そいでつい――
ゴー 来やしないよテオ君なんか。君は昂奮しているんだ。……俺もいけなかった。君があんなこと言うもんだから、つい僕もカッとしちまって――
ヴィン いや、僕がいけないんだ。どうも、この、近頃、時々、頭が妙な風になる。変な声が聞えたり――許してくれ。すまん。(言いながら打ちくだかれた様子でヨロヨロとテーブルの方に戻りかけ、そこのイーゼルに足がけつまずき、イーゼルが倒れそうになったので、それを支えて、元のように直す)
ゴー 僕も酔った。もう寝ようじゃないか。
ヴィン (フッとそのイーゼルの上の絵に眼を引かれて、ジッと見ている。自分の「向日葵」である。立っていても身体がフラフラとゆれている)
ゴー (白けきった言い方で)それとも、ローザのおかみの所へ出かけるか? どうもこの部屋がいけない。どうだい、君はラシェルの所へ行くんだろう?
ヴィン え、ラシェルだって? ……(おうむ返しにそう言うが、またすぐ絵にすいつけられる)
ゴー ラシェルがあんなに来いって言ったじゃないか。
ヴィン ラシェル……ふむ。(と無意味に繰返して)この「向日葵」は良いって、君言ったね?
ゴー うん? ……うむ、よく描けているよ。(気のない。しかし言い方に気がないだけに、本心からそう思っていることがわかる)
ヴィン マネエの「向日葵」より良い?
ゴー ああ良いね。
ヴィン ……すると、テオにはそれがわからないと君は思うかね? ただ俺が下手の横好きで描いているんじゃないと言うことがだね、つまり、ただ俺が重荷だって言う――
ゴー しつこいなあ、まだ言っているのか。そんなことどうでもいいじゃないか。とにかくテオはシロウトだからね、ホントのことはわからんよ。とにかく、この絵は良いよ。俺が言ってるんだから間違いない。君は僕の描き方をかなり取り入れてるが、しかし君でなきゃ描けんものがある、その絵には。良いよ。僕のこの絵と取り替えっこしないかね?
ヴィン ふん。……(ゴーガンのイーゼルの方へ行き、自分と向日葵の描いてあるその絵を見る)……うまい。……トーンがある。どうしてこんな色が出るのかな? ……だけど、ホントに僕の顔はこんなかね?
ゴー そうだとも言えるし、そうでないとも言える。僕は目に見えたものを、そのまま写生はしない。そんなのは写真にまかしとけば良いんだ。僕の絵は僕の頭の中に在る、それをカンバスに一つの装飾として描き出すだけだ。
ヴィン すると君の頭の中の僕という人間は、こん
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