Bヴィンセントの方はカーッと発揚してイライラと白熱して来る酒で、ゴーガンのはドロンと底に沈んで行って、どこか少し凄味のある酒だ)
ヴィン だから俺は、君を画家としてはホントに尊敬しているけど、でも、奥さんや子供さんまで有るチャンとした家庭を、まるで古靴を捨てるようにして捨ててしまって顧みない君の気持が、俺にはわからない。
ゴー ハッハ、そいつは俺にもわからないさ。ただ、ある朝ヒョッと、人間はいつまでも生きてるもんじゃないと思った。俺も、だから、自分のホントにしたいと思うことをしなくちゃならんと思ったんだ。それまで十五年間俺は証券屋をやって、妻子を養って来た。今後もなんとか困らないだけの金は稼いでやった。だから後は、自分たちで何とかするがいい。これから先の俺の月日は俺のものだ。自分だけのために使うんだ。だから絵を描くんだ。あとはどうでも良い。俺の知ったことじゃない。そう思って、そうしたまでさ。ハハ!
ヴィン そうら、そう言って君は笑う! そんな風にだね。自分の親しい者をギセイにする資格が人間にあるのかね! しかも君は笑っている! 君の奥さんと子供さんは君から捨てられて、今ごろは泣いているかも知れないのに、君は笑うんだ! まるで君は悪魔だ。
ゴー アッハハ、俺が悪魔なら、君はダニだよ。だってそう言う君自身はどうだい? 弟のテオドールを君はギセイにしてないのか? もう五年もテオ君は自分の月給の中から毎月百五十フランずつ君に送って来ているが、そのためにテオ君は結婚しようにも、思うように行かないで、行きなやんでいるそうじゃないか?
ヴィン そ、そ、それを! そ、そ――(一度に真青になって立ち上っている)き、君は――テオは、テオとは、そう言う約束なんだ! 俺の描き上げた絵はみんなテオに提供する、だからそれはテオの財産であって、それが売れるようになればテオがもうけて――だから、今兄さんに金を出してあげるのは、言わば共同出資の前払いだから、兄さんは安心して、ひけめを感じないで絵を描くように言って――(昂奮と酔いのために絶句してしまう)
ゴー そりゃ、君に気づまりな思いをさせないために、そう言うのさ。人の善い男だからね、あれは。しかし、実はどいだけ君のことを重荷に思っているか知れんよ。パリで僕に何度も愚痴をこぼしたことがある。時々兄のことでは耐えきれぬことがありますと言ってね。
ヴィン そ、そ、それはテオが俺のことを愛して、俺のためを思ってそう言うんだ。それが君にはわからんのだ。君はそれを反対の意味にしか取れない。そう言う冷血漢だ君は!
ゴー 現に、君の絵が売れるようになればと言うが、一枚でも売れたことがあるかね? ない。今後も売れる筈はない。つまりテオはボロクズを背負いこんでいるだけだ。それをテオは知ってるよ。知ってるけど、頭の少しおかしい兄を落ちつかせるための気休めに共同出資だなんて言っているのさ。そんなことをちっとも知らないで、ただいい気になっているのが君だ。いや、ホントは君はそいつを知っている。知っても、今のようにしているのが自分が得をするから、頬っかむりをしているだけだ。実は腹の底では気がとがめているんだ。でなければ、僕からこんなこといわれてそんなに怒るわけはない。いや、俺がこんなことを言うのは、だからけしからんと君を非難してるんじゃないぜ。ただ自分のことはタナにあげて人のことばかり君が言うからさ。人間は結局エゴイストだ。自分を中心に考える以外にない。人をギセイにするのは、やむを得ないさ。弱虫は人をギセイにしていることを認めるだけの勇気がないもんだから、愛だの涙だのと持って来て自分でごまかそうとして――
ヴィン だ、だ、黙れっ!(テーブルの上の、あらかた空っぽになったアブサンの瓶を掴んでテーブルにガシャンと叩きつける。瓶は割れて、そのへんに飛び散る)黙らないと――!
ゴー ……(ヴィンセントの調子から殺気のようなものを感じて、いっぺんに黙ってしまう)
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間――いつの間にか、室内はすっかり暗くなっている。まだ少し明るい窓の外の広場にガス燈がポツリポツリともっている。
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ヴィンセントの声 (背後から。死んだように静かな室内に向って、はじめはほとんど聞えないくらいに低くつぶやくように)いやいや、テオが、あのテオがそんなふうに思っている筈がない。テオは俺を愛している! 俺の絵を良い絵だと思ってくれている! 結婚のじゃまになるなぞと俺のことを思っている筈はない! そんな筈はない! それならば今まで、何かそんな所を俺に示している筈だ。愚痴をこぼしたと言うのは、テオの弱い性質のために、つい、そう言ったのだ。それもキット俺のために良かれと思って、俺のことを
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