アうなっていれば、左足はだね、ここまで行っていなければ、砂利は投げられない。つまり、こうして――(手のカンバスを振りまわし、イーゼルをシャベルに仕立て、肩からさげた絵具箱をガラガラ鳴らして夢中になって仕方話)
エミ (驚き、微笑しながら聞いていたが、振りまわされるカンバスでなぐられそうなので、わきにのいて)おっと、あぶない!
ヴィン エミール、ちょっと、これを持っていてくれ!(サッとカンバスをベルナールに渡す。渡す拍子に、カンバスの表がわきにかけていたベルト・モリソウの肩をこする)
ベル あら!(ヒョイと見ると、その純白の上着の肩から胸へかけて、眼がさめるような原色の油絵具がベタベタと散らし模様のようにくっ付いている)
タン こりゃ、どうも!
ベル まあ!
ロート わあ、ベルトさんの胸に花が咲いた!
ゴー はは、ハハ!
ヴィン どうも、これは、失礼しまして、モリソウさん、あの――ええと――(あわてて、ベルトの肩を掴んで、自分のナッパ服の袖で拭き取ろうとする。するとなおいっそう絵具はひろがってしまう)
ベル いいんですの、いいんですの。いいえ、ようござんすから。ホホ、まあ! いいえ、ようござんすから。ホホ、ホホ!
ヴィン 失礼しました。許して下さい。つい、どうも――
ロート (笑いながら)全体君、なんの話をしているんだ、ヴィンセント?
ヴィン いや、昨日、シニャックと一緒にギョーマンの所へ行って見せてもらったんだ、その「砂利人夫」と言う絵を。良く描けていた。良く描けていたけど、僕に言わせるとだな――
シニ その人夫がシャベルで砂利をおろしているのが、デッサンがちがっているとゴッホ君が言い出してね――
ヴィン だから、こうしてだね。これがシャベルだ、砂利は重いんだよ。石炭も重い、石炭よりも砂利は重いんだ。だから、こんな風に足をふん張ってないと、しゃくって投げることは出来ない。それをギョーマンは、こんな風に、左足をこんな位置に描いている。間違いだ。虚偽だよ。虚偽はどんなに美しく描いてあっても、美ではない。だから、手がこう構えていれば、腰はこうなって、足は――(しきりと仕方話で、イーゼルを振りまわす)
ベル もう、よして下さいゴッホさん。(笑いながら)ブラウズはよごされても結構ですけど、イーゼルで突き殺されたくはないわ。
ヴィン だって、そうじゃありませんか、ベルトさん。あなたも絵をお描きになるんだ。そんなら、わかって下さるでしょう。画家には色よりもデッサンの方が大事です。こんな風にしてですね、足をふん張って、こうしていれば――
ゴー もうやめないか、ヴィンセント君!
ヴィン ああ、ゴーガン君? 君もいたんですか。
ゴー もうよしたまいよ。相変らずの旅団長だなあ。
ヴィン うん。……(ゴーガンを見ているうちに、燃えていた火に水をかけられたように、不意に静かになってしまう)しかし……(言葉を切って、落ち物がしたようにそのへんを見まわす。その間にベルナールが、ヴィンセントのカンバスを正面の壁に立てかける。ほとんど完成している「セイヌ河岸」。……一同が自然にそれを見守ることになる……)
ベル ……まあ、綺麗!
ロート ……うん、悪くない。だけど、空が、君の空じゃないな。この頃ルノアールでも見たんじゃないかね?
ヴィン そ、そんな、トゥールズ――
ゴー ルノアールは、年中自然と野合してイチャついてるよ。だが、ルノアールもルノアールだが、ここん所の(絵を指して)木や土手なぞの点描が気になる。スーラをこんなに受入れるのは無邪気すぎる。川の水は、シニャック、君じゃないかね? どれ、(とシニャックの手からカンバスを取り、ゴッホの絵と並べて置く。似た構図の絵)ね、どうだい?
シニ そんなことはない。僕のは僕ので、ヴィンセントのは、あくまでヴィンセントの絵だ。
ゴー とにかく、ほかからの影響を受け過ぎるんじゃないかなあ。
ヴィン そんなことはない。僕はただ君たちの色を取り入れ、学んでいるだけだ。僕にはそれが必要なんだ。必要だったんだ。
ゴー それはいささか。しかし、もう少し落ちつくことだな。そんなにあわてていると、ロクなことはないよ。第一、君は色を学んでいると言っていながら、先刻は色よりもデッサンの方が大事だと言っている。その時々でああ言ったりこう言ったり、メチャメチャじゃないか。
ヴィン メチャメチャじゃないよ。だから、必要だった、だったと言っているじゃないか。それを僕はパリへ来て、ピッサロやセザンヌや君や――君たちから学んだ。来て見て、ホントにびっくりしたんだ僕は。一度にグラッグラッとして、まるで立っていられないくらいに革命が起きちゃった。
ゴー また、大げさなことを言う。そういうのは僕は嫌いだ。
ヴィン でも事実そうだったんだもの。そいで、学んだ。
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