閧ワせんが、そう言ったエゴイストなんですよ。兄は実に善良な人間です。それなのに、兄と一緒には誰も三日とは暮せないんです。兄の中には二人の人間が住んでいます。一人はおとなしい、心の弱い、もう一人は粗暴で自分勝手な。その両方がいつも戦っているのです。つまり、兄はいつでも兄自身の敵だと言えます。そのために人を苦しめるのと同時に自分を苦しめているんです。わかっていただけるでしょうかね?
ベルト ええ、ええ、わかるような気がします。
テオ 兄をパリに来させたのは失敗でした。しかし、兄が一人前の立派な画家になるためには、やっぱりパリに来て、皆さんの絵を見て、皆さんと交際することが必要だったんですよ。そして、その効果は、たしかにあったんです。兄の絵がこの半年の間に明るくなって、技術的にも進歩しているのは事実です。でしょう、ベルナールさん? そうですね?
エミ そうです、それは確かにそうです。
テオ ですから、兄がパリに来たことを私は後悔はしていません。それに、あなた方も私の店で御覧くださった「ジャガイモを食う人々」――あの絵です。あの絵を兄がオランダから送ってくれた時に、兄さんの絵は暗過ぎる、もっと明るくならなければならない、今パリの印象派のすぐれた画家たちがどんなに明るい絵を描いているか兄さんは早く知らなくてはならない、と言ってやったのは私なんですからね。私には責任があるんです。それだけに私には、どう処置してよいか、わからないんです。
ベルト それは、部屋を捜して別々にお暮しになればよくはなくって?
テオ それも考えました。いえ、結局、そうするより仕方がないだろうと思って、捜してもらってはいますが、でもそうしてもパリに居て今のようにやっている限り、似たようなことじゃないだろうかと思うんです。
ロート じゃ旅行させるんだなあ。
テオ 旅行と言うと、どこへ?
ロート マルセイユかそこらの地中海岸あたりだなあ。ねえ、エミール、いつかそう言ったことがあるね?
エミ ええ。地中海、アフリカ――とにかく、太陽に近ければ近い程良い。そう言っていました。
テオ そいで、一人でですか? あの兄を、そんな遠くへ一人で行かせるんですか? そりゃどうも心配で、私――
タン いっそ、日本へ行ったらどうですかな?
テオ へ、日本?
ベルト 日本と言いますと? あの――東洋の?
タン あの方は、いつも言って
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