「ますよ。日本は太陽の国だ。太陽に一番近い。それから、これです。(と壁にかかっている浮世絵をグルリと指し示して)これを見て、日本へ行きたがっています。こんな色とこんな線を生み出した天才たちの居る国へ、そのうちに僕は必らず行く。死んでも行く。
ロート 死んでも行くか。フフ。ヴィンセントだねえ! 何かと言うとすぐに死ぬと言う。ハハ、この人生に耐えきれないんだなあ。自分の与えられたライフを悠々として享受することに耐えきれない。自分の命の財布の中から金をチビリチビリと小出しにして使っていられない。大急ぎで、一気に全部をはたかないと我慢が出来ない。ヒヒ、わが輩と同じさ、その点では。ただ、わが輩には、これを託するに酒がある。ヴィンセントにはカンバスが有るだけだ。そうして、わが輩は酒と心中する。ヴィンセントは間もなくカンバスに頭をぶっつけて死ぬよ。そういう運命だ、心配したもうな。
ゴー 始まった、猿の哲学が。
ロート うん? わが輩のが猿の哲学なら、お前さんのは牛の哲学かね? いや、哲学じゃない、牛の、いちもつだ。(ベルトに)これは失礼。
ゴー (相手の言葉は歯牙にかけないで)ああの、こうのと諸君はヴィンセントを憐れんだり、心配したりしているが、ふっ! 君たちにそんな資格が有るのかね? なるほど、人間としてはあの男は、ウジウジした、オランダの田舎者だ。キャアキャア騒いだりメソメソしたり、うるさい男だよ、ヨーロッパ文明のオリの中に飼われてヒステリイになっている猿さ。諸君と同じようにね。しかし、これを見ろ。(と「タンギイ像」を示す)こいつは猿の描いた絵じゃないよ。ウジウジしたりキャアキャア言ったりメソメソなんぞ、まるきりしてない。惚れ込んで、なんにも疑わないで、ウットリして、堂々と描いている。色にしたって、そうだ。塗り方にはスーラやピッサロなんぞの点描が入って来ているんで少し気に食わんが、まじりっけなしだ。マルチニックの透き通った海の水の中から太陽を見た時と同じ色だ、こりぁ。まるで土人の眼だ、こいつは。
ロート また土人か。ぜんたい、それは褒めてるのかい、くさしているのかい?
ゴー 黙れ、トゥルーズ! 君たちヒステリィ猿どもは、絵を見るには褒めるのとくさすのと二色しかないと思っている。ところが絵は絵だ。マンゴウがマンゴウであるように絵は絵だ。ホンモノとニセモノが有るきりで、理窟はいら
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