、虚脱したような姿。眼は空虚にローソクの灯を見ている。……やがて、老婆に眼を移す。老婆は耳が聞えず、眼は閉じているため、ヴィンセントが祈りを続けていると思いこみ、口の中でボソボソと主の祈りを繰返して余念がない。……それをボンヤリ見守っているヴィンセント。右手が無意識に動いて、テーブルのパンへ行き、撫でる。しかしパンを撫でているとは彼自身は知らない。……次にその手が上着のポケットへ行く。それがポケットから出て膝の上に来た時には、ちびたコンテが握られている。そのコンテをボンヤリ見ている。やがて、パンの包まれていた紙の上に、ほとんど無意識にコンテが行き、線が一本引かれる。それを見ているヴィンセント。……ソッと老婆の方を見る。老婆はひざまずいて身じろぎもしない。ヴィンセントのコンテが紙の上で動く。やがて、ハッキリと老婆を見、紙のシワを伸ばして、老婆の姿のりんかくの線を二本三本五本引く。……その、うつけたような、しびれたような、そして次第に熱中の中に入りこんで行きかけた青白い顔)――(暗くなる)
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    2 ハアグの画室

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すぐに明るくなる。――
画室と言っても、居間も寝室も兼ねた粗末な裏町の一室で、そのガランとしたさまも、広さも、前のワスムの小屋に似ている。しかも、前に老婆のひざまずいていた場所にモデル女シィヌが裸体で低い台に腰かけているし、ヴィンセントが腰かけていた場所には、同じヴィンセントがイーゼルに立てかけた全紙の木炭紙に向ってシィヌを写生しているので、瞬間、前場の光景とダブる。
ただヴィンセントの絵を描く態度が、前のように弱々しい半ば無意識のものではなく、噛みつくように激しい集中的な描き方。木炭紙が破れるように強く速いタッチ。
シィヌは、前の所だけをチョット着物で蔽うて、ダラリとして掛けている。まだかなり美しいが、どこかくずれた顔や身体。長い葉巻を横ぐわえにしている。
……ヴィンセントの木炭のゴリゴリいう音。
女の葉巻の先から煙が、一本になってスーッと立ち昇っている。
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シィヌ ……(低く口の中でフンフンと鼻歌。「アヴィニョンの橋の上で」。やがて歌詞も歌う。葉巻をくわえているので歌詞はハッキリしない)
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Sur le pont d'
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