ェが噛んでいることに気がつく。ピクンとしてゴーガンを見、それからラシェルの立ち去った戸口に目をやる。それから再びパンを見る。見ているうちに急に声をあげて泣き出す。ファランドールやむ。ヴィンセントのオーオーと犬のほえるような泣声だけが残る)
ゴー (びっくりして見ていたが)どうしたんだ?
ヴィン ……(泣き出した時と同様に出しぬけに泣きやんで、ボンヤリ立っている)
ゴー (立って行き)どうしたんだよヴィンセント?(ゴッホの肩に腕をまわして、テーブルの方へ連れて来ながら)まあ、掛けたらいい。急に泣いたりして?(ゴッホを椅子にかけさせ、自分もかける)
ヴィン (いきなり、ゴーガンの手を握って)ポール、俺を許してくれ! 俺が悪かった! どうか許してくれ!(床にひざまずいてしまう)俺は、たしかにどうかしているんだ! たしかに、どうかしていた!(床に額をすりつける)
ゴー (びっくりして)どうしたんだよ全体? そんな――ヴィンセント?
ヴィン 俺にはそんな気はちっともなかったんだ、そんな気はちっともないのに俺の手がひとりでに動いちまった。俺はただ、ミレエが偉大な画家だってことを君にわかってもらいたいと思って話していただけなんだ。それがツイ君から何か言われて、あんな議論になってカッとなってしまった。僕の悪い癖だ。すぐに後先もわからないようになってしまう。君は冷静だ。僕はまるで子供みたいな人間だ。僕は時々自分でも自分が自由にならなくなってしまう。僕は君にアブサンを投げつける気なんか、その瞬間まで、まるでなかった。
ゴー ゆうべのカッフェでのことかね? なに、僕はなんとも思ってやしない。いいよ、いいよ。ハハ、まあ起てよ。
ヴィン いいや、許すと言ってくれ。でなければ僕は起たない。ポール。どうか許してやると言ってくれ。
ゴー (ゴッホのわきに手を入れて立たせながら)いいじゃないか、そんなこと。大したことじゃない。じゃまあ、許すよ。ハハ。
ヴィン (やっと立って)ありがとう。僕はもう今後気をつけて、あんなことは絶対にしない。約束する。
ゴー (ゴッホの両肩を抱いて)ヴィンセント、君って男は、良い奴だなあ。
ヴィン (これも、しっかりと相手を抱いて)ありがとう、ありがとう。
ゴー また泣くのか?(ポケットからハンカチを出して、ヴィンセントに握らせながら)拭けよ、みっともない。そのツラじゃフ
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