カゃないか。それくらいのことで俺はポールを失ってはならない。失ってはならない。素直に、素直に、素直になって、俺はポールに詑びを言わなければならない。ければならない。
ヴィン (低くつぶやく)ければならない。ければならない。うん。
ラシ 何をブツブツ言ってるのよ。お食べよパンを。
ゴー どうした、うまく描けたかね? ……風がひどかっただろう?
ヴィン う? ああ、いや。
ラシ ホホ、ぼんやりしちゃ、いやだわよ。ね、フウ・ルウ、今夜お店へ来ない? いっしょにアブサン飲んで踊りましょうよ。そしたら元気が出るわよ。ううん、お金がなきゃ、なくてもいいわ。その代り、持って来て、ね、これ?(とヴィンセントの左の耳を引っぱる)ホホ、よくって? 来るわねフウ・ルウ?(ヴィンセント無言でうなずく)
ヴィンセントの声 この女は何を言っているんだ? さっきはゴーガンと抱き合っていて、こんどは、こんなことを言っている。こんな無邪気な顔をして、こんな明るい目をして、パンを食えと言って、金がなければ耳を持って来いと言って、耳? 耳、耳? 俺にはわけがわからない。どう言うんだ? どう考えたらいいんだ? わけがわからない、わからなくなった、わ、わ、わ――(言葉の間から裏のレストランからのファランドールの笛が曲の途中から鳴りはじめる)
ラシ あら、また、裏で笛を吹きはじめた。(踊りの調子に靴をカタカタ鳴らして)じゃ、あたい帰る。あんまりおそくなると、おかみさんにしかられるから。きっと来てよ今夜。いいわねフウ・ルウ。ポールさんも、どうぞね。さあさ、これチャンと食べて。(と、ゴッホの手のパンをちぎってその口にねじ込んでから、入口の方へ)さいならあ! ランラ、ラー、ラー、(ファランドールに合せて三つ四つ踊りの身ぶりをして靴を鳴らしてから、戸を押してサッと出て行く)
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取り残されたゴーガンとヴィンセント。ヴィンセントは立ったままで、バラバラの表情で、無意識にパンを噛んでいる。ゴーガンは、こっちからそれをジッと見守っている。……鳴りつづけるファランドール。
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ヴィン ……(顔が不意にゆがみ、両頬に涙が流れて来ている。自分ではそれを知らない。ファランドールに聞き入っているだけ。ヒョイと右手の三角パンを見る。そのパンを自
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