セ。実に立派な絵だそうだ。しかし、そのモネエよりも俺の「向日葵」の方が好きだとゴーガンは言った。……俺はゴーガンの言葉を信じない。ゴーガンは立派な人間だから嘘を言っているとは思えない。しかし俺は信じない。信じられない。
[#ここで字下げ終わり]
「向日葵」
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
ヴィンセントの声 (続いてソワソワとした早口)ゴーガンは強い。意地が悪い。絵を描くために罪もない奥さんと子供たちを捨ててしまって平気な男だ。画家としては偉大だが、人間としては悪魔のような男だ。……いやいや、そうではない、彼は実に親切な人間だ。彼はこの間も俺に、あんまり厚く塗った絵具の油を時々拭きとる方法を教えてくれた。そうすると色が鋭く冴えるのだ。ゴーガンに反感を持ったり憎んだりするのは俺が悪い。それは俺が弱くて、イライラばかりしているからだ。……テオよ、これがその描きかけの「向日葵」だ。君は、どう思う。俺は今三十五だ。とにかく、四十歳になるまでに俺は、そのモネエの「向日葵」に匹敵するような人物画を一枚でも描くことが出来たら、俺は芸術の上で誰か――それは誰でもかまわない――誰かの隣りに一つの席を占められるだろう。だから、ヴィンセントよ、忍耐しろ、忍耐しろ! ……近頃ゴーガンは、アルルの町や俺たちの黄色い家や、特に俺に対して、機嫌をそこねているように思う。何かと言うとアルルの一切のものを呪い、一日も早く、金の出来次第、南洋群島の方へ行くんだと言う。しかし俺は今ゴーガンに行ってしまわれるのが恐ろしい。だから行かないように頼んでいる。そのことで時々口喧嘩のようになる。それらのホントの原因は、外部によりも俺とゴーガンの内部に在る。自分のうちに強烈な創造力を持った人間が二人寄ると、長くは一緒に暮して行けないのだろうか? ゴーガンと俺とは昨夜、ドラクロアとレムブラントについて議論した。俺たちの議論は物凄く電気的だ。議論の後では、俺たちの頭は、電池が放電してしまった後のように困憊しつくす。そしたらゴーガンが自分の絵と俺の絵のことを言い出した。やっぱり君は旅団長だ、人の影響を受け過ぎる、現に俺の色の塗り方を真似て、ツーシュの幅が広くなってるじゃないか、そう言うのだ。俺はグッと来た。しかしジッと我慢した。頭の中が鳴り出したが我慢した。……するとゴーガンが出しぬけに、せせら笑いを
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