オながらラシェルのことを言い出した。ラシェルと言うのは、はじめ俺と仲好くなり、ゴーガンが来てからはゴーガンと仲好くなった五フラン屋の女だ。――カーッとなってしまった俺は、眼の中から光が飛び散る。ゴーガンの歪んだ鼻! それを目がけてアブサンのコップをビュッと投げた! どこかで、チャリンと鳴って、白い炎が立ちあがる、白い炎が――
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「製作へ」
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アルルの街道をヴィンセントが七つ道具をかついで写生を行っている絵。ただし、この場合は幻燈スライドではなく、この絵からヴィンセントの姿だけをのぞいて実景大に引き伸ばし、ホリゾントを使って眼もくらめるばかり明るくした装置である。風景の中に人影はない。
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ヴィンセントの声 (しばらく沈黙していてから、弱り果てた低い声で)テオよ、これがアルルの街道だ。夏の間は毎日のように俺はここを通って写生に出かけた。今は夏も過ぎ、秋も終って、そろそろ冬だ。近ごろではたいがいアトリエで仕事をするが、今日はしばらくぶりでここへ出かけてスケッチして来た。俺はこの絵のまんなかに、絵の具をかついで製作に出かけて行っている俺の自画像を描きこむつもりだ。……ほらほら、向うから俺の仲好しのルーランがやって来た。今日はもう夕方で、配達は全部終ったと見えて、カバンも軽そうだ。良いヒゲだろう? ね、顔はソクラテスに似ているだろう!(言葉の中に、そのルーランが、青い制服制帽に大きなカバンを肩から斜めにかけて、街道を上手から歩いて来る。一日の働きを終った後の上機嫌で、何かの鼻歌を小声でやりながら)ルーランは、これから家に帰るんだ。気が向くと、途中であのカッフェに寄ってペリティーフを一杯ひっかける。しかし、深酒はしない。家には人の好いおかみさんと子供たちが、一緒に夕飯を食べようと首を長くして待っているからだ。テオよ、心貧しく、人を憎まず、働いて妻と子を養っている人々の姿の、なんと美しいことだ! 俺は涙が出る! ……(ルーランは中央あたりまで来て、道ばたの草むらの中に何かを見出してギョッとして立ち停る。やがて、怖わ怖わ近より、覗いてそれが人であることに気がつく)
ルー ……これこれ、あんた――(その人の肩に手をかけて)ああ、ゴッホさんじゃありませんか! ど
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