スちはヘトヘトになってカッフェへ行く。そのカッフェの夜の景色をそのうち俺は描こうと思う。ガス燈がきらめき、青い夜空に星がまたたく。そのテラスでは、ここに来て俺が知り合った士官のミリエや、画家のボッシュや喜劇俳優や、たまにはルーランも寄って、コーヒーを飲み、小さいパンを食べ、白葡萄酒に時々はアブサンを飲む。アルルの夜のとばりが、さわやかな物音を沈めて落ちて来る。テオよ、俺は幸福だ。
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「夜のカッフェ」
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ヴィンセントの声 (前とはガラリと変って暗く、ギクシャクと言葉の調子が乱れている)テオよ、俺は相変らずグングンと製作している。しかし時々頭がグラグラしたり、ここから逃げ出して行きたくなる。どうしてか、わからない。俺の頭の中で妙なものが、うごめいている。時々俺は絶望におそわれる。俺は遂に画家として完成されないだろう。ゴーガンの絵は売れるのに俺の絵は一枚も売れない。俺は部屋の中をカンバスで一杯にしていながら、一枚も送れるものがない。ゴーガンは俺のことを「旅団長、旅団長」と言うが、実際、俺は才能もなんにもない歩兵旅団かも知れないと思うことがある。……それに較べるとゴーガンは偉大な芸術家だ。彼は「葡萄をもぐ女たち」を完成した。これは「黒人の女」にも劣らぬ見事なものだ。彼は「夜のカッフェ」もほとんど完成し、今は非常に独創的な裸婦を乾草の中に、豚といっしょに描いている。これは非常に立派な実に特異なものになりそうだ。ゴーガンは、いつでも堂々と自信を持ち、牛のような力で描いて行く。実にうらやましい、見事な態度だ。俺は彼から学ばなければならぬ。しかし、俺はゴーガンのようにユックリ絵具を塗ってはいられない。仕事が間に合わないほどたくさんあるからだ。俺には俺の行き方がある。俺はゴーガンと競争しようとは思わない。しかしゴーガンを見ていると、俺はイライラして、手がふるえ出し、頭がキーンと鳴り出すのだ。俺はまた、病気の発作に襲われるのではないかと言う気がする。しかしテオよ、あまり心配しないでくれ、俺は充分気をつけている。ミストラルが吹く時には、屋外の写生には出ないようにして、アトリエで描く。心配しないでくれ。……ゴーガンが昨日、クロード・モネエの「向日葵」の絵を見た話をした。その向日葵は日本製の大きな花瓶にさしてあるそう
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