諸君からそれをすすめられた時には二重にギクリとした。一つはとんでもないことをいわれた気持と、一つは何か道具はずれを鋭く刺されたような気持だった。いずれにしろ自分の力に及びそうには思われないので再三辞退したが、どうしても書けという。特に滝沢修君の熱意は烈しかった。それで、いろいろ考えたり調べたりしているうちに、自分に書けるだろうとは思えなかったが、これほど少年時代からゴッホに動かされて来ている人間だからゴッホのことを書く資格だけは有るのではないかと思った。するとパッと視界開けて書く気になった。
書くのはかなり苦しかった。画家の肉感を自分のうちにとらまえて離さないようにするため、原稿紙ののっている机のわきに常にイーゼルを立てて置き、時々カンバスに油絵具をつけては、指の先で伸ばしてみたりしながら書き進んだ。ゴッホが狂乱状態になって行く所を書いている時など、私の眼までチラチラと白い火花を見たりした。書きながら、だから、ゴッホが錯乱して行く、行かざるを得ない必然性が、はじめてマザマザと私にわかった。そして今さらながら戯曲を書く仕事の良さと、それから怖ろしさが身にしみた。だからこの作品を書いては
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