この愛しているというか……そうなんだろう?
治子 …………(石のようになっている)……急に、なぜそんな事を、兄さん?
人見 いや、べつになんでもないんだけど……この聞いときたいんだ……そうだね?
治子 ……(かすかに、うなずく)
人見 ふん。……(黙って大豆を噛む)それを、だいじに、するんだね。……だいじにしなければならぬ事は、もしかすると、それだけしかないかも、わからない。……なんでもよい、肉体をだ。肉体の思いをだよ。……それだけしか人間にはないのかもしれない。ふん。……友吉という男は、おそろしい男だ。しかし、美しい男だ。私には、わからない。あんな人間を私は知らない。……われ、その人を知らず。この時、にわとり三度鳴きぬ。ペテロ、外に出でて、いたく哭けり。……フ、フ、フ。……(フッと治子を見て)さっき[#「さっき」は底本では「さつき」]、祈っていたね?
治子 ……ええ。
人見 ……私は、ちかごろ、祈れなくなってしまった。……祈っていても、すぐに、なんか、けんとうちがいのような気がするんだ。相手がまちがっているような気がする。……(キョトリキョトリと暗い周囲を見まわす)……祈らなきゃなら
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