(そこへ、ダダダと足音がして、廊下をこちらへ走って来る監守。制服にゲートルに鉄帽)
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監守 (いきなり)おいエスさま! なにを、こんな所でグズグズしてるんだッ! 早くお前――
友吉 (ビックリして)はい、あの、どうか入れてください。掃除すみましたから――
監守 え?(檻房をチラッと見て)いや、お前はなんだ、待避壕の方へ来てもいいよ。ここは、あぶないから――
友吉 いいんです、ぼくは此処で、あの――
監守 え?(一瞬マジマジと友吉を見つめていてから)……そうか? 知らんよ、しかし、ドカーンと来ても。(いいながら、カギで檻房の小さい扉を開ける。友吉は身をかがめて房の中に入る)……来りゃいいになあ、待避壕の方へ――
友吉 ありがとう――(その言葉が終らない間に、男1が無言で、監守が締めかけた扉にかじりついて外に出ようとする。つづいて男2がヒッ[#「ヒッ」は底本では「ヒツ」]! と叫んで同じく外に出ようと男1をはねのけて、扉にかじりつく)
監守 とッ! バカッ! お前たちは此処でたくさんだッ!(ピンとかぎをかけてしまい)これでも、此処は地下室だからな、フフ。ち! なにをしゃがるんだ!(叫ぶと同時に、鉄柵の間から突出して彼の服をつかもうとする男1の右手をペシッ! と叩き払い、次ぎに柵の間からスッと入れたゲンコツで、男2の顔の正面をガンと突きなぐって置いて身をひるがえすや、ダダダと走って廊下奥に消え去る)
男1 (叫ぶ)ど、ど、どうしてくれるんだ、僕たちを! こんな所で、こんな――!
男2 (叫ぶ)助けてくれッ!
男3 ヒ!(笑おうとするが、顔がこわばって笑いにならぬ)
男4 フ! ……(左手ばかりをピキピキさせている)
友吉 ……(壁に顔を押しあてて、ジッとしている)
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(ダダーンと、かなり遠い所で投弾の地響き。しばらくして第二弾、第三弾、それが次第に近づいて来るのがハッキリわかる。男2がギヤアと叫んで、猿のように正面の鉄柵の、かなり上部に飛びついて歯をむく。あとの四人は、恐怖で凍りついて、そのままの姿で動かぬ。……ダダーンと、さらに近い第四弾。その地響きで、友吉が廊下の隅に置いたカラのバケツが、カランといって横にころがる。チョット、シーンとしてから、ダダダダと、ごく近くにあるらしい高射機関銃の発射される噛みつくような音がして、プツンと切れる)
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男1 ゲエ!(はく。しかし、なんにも出て来ない)
男3 エスさま! おい、エスさま! おい!(友吉のブラブラな左腕を取り、すがりつくように身をすりよせて来る)
男4 サ、サ、サンビ歌、うたってください。エスさま、ね、サ、サンビ歌……神さまに、あの祈り……サンビ歌を……ね、ねエスさま!
男2 こ、こんだ、来るぞ! このへんだぞッ!(鉄棒に四足でかじりついて歯をむいている)
男3 ねえ、エスさま! おい! ウーウーウー(うなり声が、サンビ歌に似た節になる)
男4 ね、エスさま! おい! 歌って――
友吉 ……(額を壁につけたまま、低い声で、男のうなり声の中に歌い出している。はじめ聞きとれないが、次第にメロディがハッキリし、又次第に歌詞がハッキリする。第四百四十五)……わがたましいを、愛するエスよ。波はさかまき、風吹きあれて――(男3は、それに合せて、うなっている。男4は、歌詞も節も知らないままに、唇をふるわせながら、つけて歌う)
男2 う、う、うるせえやいッ!
男1 ……(口のハタに付いている白いアワをそのままにして、毒々しい位の憎悪と恐怖のまじった眼で友吉を睨んでいる)
友吉 ……(スッと[#「スッと」は底本では「スツと」]壁から額をはなして、青ざめたしかし落着いた顔で、そのへんを見、左腕を男3につかませたまま、右手を男4の肩にかけて、ユックリと歌う)しずむばかりの、この身をまもり……(ガクーンと地ひびきを打たして、間近かな第五弾。同時に男2が、鉄棒から鉄棒をつたわって、天井に近い所を、クモがあばれるように、はねまわりはじめる)あめのみなもとに、みちびきたまえ。……(その歌声を寸断して、鳴りはためく投弾と高射砲発射のとどろき)

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 座談会の会場。
 会場といっても、ふだんは事務室に使っているガランとした室の、突き当りの壁の前の四五尺の部分だけ。壁に黒板。黒板の前にハバのせまい荒板を打ちつけた細長いテーブルにイス。それは演壇というわけではなく、話す人も聞く人も同じ高さに腰かけるようにならべられたテーブルとイスの円陣の一角である。だから座談会の出席者は客席の前部正面に凹字形にならんでいて、話す人だけが一人でフットライトの真上にイスにかけテーブルをへだてて正面に向いている。黒板の上部
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