、そんなふうに教え、そんな信仰をあの男にあたえてやったのは、この私だ。……そして私は今、それがみんな、まちがっていたから、転向しろとあの男にいいきかせている。そんな信仰は、みんなウソだから、捨てろといっている。……フフフ。……あの男は聞かない。私が今そんな事をいうのは、悪魔にとりつかれたためだといってる。そして私は、祈れなくなってしまっている。なにもかもを、疑いはじめている。……それが、みんな悪い人間の悪い行いを見たためではなくて、正しい人間の正しい行いを見たためだ。……私を地獄に落したのは悪魔ではなくて、天使だ。……私をダラクさせたのは、疑いではなくて、信仰だったのだ。……ユダがもし、キリストに逢ったり、キリストを信じたりしなかったら、悪人にならないですんだのではないだろうか? ……私の信仰をつつきこわしてしまったのは、片倉の信仰だ。まるで神さまのようなあいつの強い信仰が、私をドブの中に叩きこんでしまったのだ。……弱いため? 私があの男よりも弱いだけのためというのか? そんな事はない。だつて、それなら、私以外のすべてのキリスト教徒はどうなんだ? みんな弱いためなのか? ……弱いだけのために、戦争をしているのか?……そんな事はない。それが人間なんだ。弱いとしても、それが人間の普通なのだ。それが人間の肉体だ。……そんなふうに肉体をこさえた者のせいだ。……つまり、あなたのせいだ。つまり、それは、あなただ。……あなたが居て、そして人間がいて、原罪が生れたのではない。人間が出来た時に、人間の肉体が生れた時に、その肉体それ自身が原罪なんだ。つまり、あなた自身が、そのままで原罪それ自体なのだ。神の反対物として罪が有るのではなくて、神自体がそのままで、そして、その総量が、罪と悪それ自体で、罪の総量だ。……そうでなければ、カンジョウが合わない。そうでなければ、あなたは、あんまり、エテカッテだ。
治子 (くらやみの中で)……兄さん! よして。もう、よして。
人見 ……(しばらく黙っている。高射砲が鳴りはじめる。それを蔽うて、襲って来た飛行機の爆音。それから、ショウイダンを[#「ショウイダンを」は底本では「シヨウイダンを」]落しているジャージャーという音。それらの音を聞きながら、暗い中で二人は動かない)……ごらん、そうじゃないか。……ほら! ……すべての物を作りたもう。いいかね、すべての物だよ? ……だから、そうなんだ。そうでなければ、カンジョウが合わない。……神は悪だ。そして善だ。善で悪だ。ハッキリというと、だからなんでもないんだ。つまり、無だ。プラス・マイナス、ゼロだ。……そう思いたいんだ、実は。ところが、思えない。……ざんねんだが、どうしても、思えない。……どこかにいらっしゃる。それが、私にわかる。……やっぱり、どこかに居るんだ。……そして、こっちを見ている。……どっか片隅に居てコッソリこっちを見ている。……(立ちあがっている。その時、照明弾の強い青い光が、窓を照らし出して、室内をカッと明るくする)……じゃまっけだ。じゃまだ。片隅にコッソリかくれていて人間のすることにケチをつける。
治子 兄さん!(空襲と兄への二重の恐怖のために、兄の顔と、窓の外を見くらべつつ、これも立上っている)
人見 よけいな事だ! オセッカイだ! そうじゃないか。……あなたを隅っこから引っぱり出して来て、しめ殺してやりたい!(兄妹の顔を真青に照らし出している強い光)

        6

[#ここから2字下げ]
 片倉一家の壕舎。
 地中に掘りさげたものではなくて、傾斜地に作った横穴壕を、すこし掘りひろげて三畳ぐらいの広さにしたもの。土の上に板を敷きならべ内部の一隅にフトンをしいて、両眼をギッシリとホウタイした俊子が寝ている。母親のリクは、その枕もとに坐って、口の中でブツブツいっている。父親の義一は、こちらの片隅にすえた石油箱に向って、時計の修理をしている。入口に近い、焼けた木の根に、きたない訓練服にゲートルで、よごれたリュックをわきに置いて、たった今よそから帰って来たらしい、憔悴した明。酔っている。それに向って立っている工員姿の北村。
 午後の陽がひどく明るく静まりかえっているために、焼けくずれた傷痕のなまなましさが、光景の上にも人々の姿や表情の上にも、かえってクッキリと現われている。
[#ここで字下げ終わり]

明 ……(抑揚なくノロノロと)……だから、……だから死ねば、いいんだろう?
北村 そんな君、そんなふうに――
明 死んじまやあ、いいんだろう? いいじゃねえか、それで! んだから、俺あ志願したんだ。許可がおりるのを待っているんだ、だから。……死ねばいいんだ。ヘイチャラだよ、死ぬことなんか!
北村 そりゃ、俺だって――しかたがねえからね。それに今となっては
前へ 次へ
全45ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング