、工場で働いていたって、ブーッと来れば、いつなんどき[#「いつなんどき」は底本では「いっなんどき」]、それっきりにならんとも限らないからね。同じことなら、一日も早く出かけちゃった方がいいもんなあ。……しかし俺のいってるのは、そうやって明ちゃんが買い出しに行ったり――酒のんだりして、ヤケみたいになっているの、つまらんと思うから――
明 そうだよ、俺あカツギ屋だよ。酒も飲むよ。いいじゃねえか。なにが悪いんだい?
北村 いや、悪いというんじゃねえけどさ――
明 そいじゃ、俺んちじゃ、どうして食って行きゃいいんだよ? 三月に焼け出されてからこっち[#「こっち」は底本では「こつち」]、(壕舎の中をアゴでしゃくって見せて)……これだぜ。オヤジは、あれで仕事をしているみたいだけど、なんにもしてや[#「してや」は底本では「してゃ」]しないんだ。人の話も聞いちゃいねえ、ああして時計をいじくりながら、兄きの事ばっかり考えているんだ。そうかといって俺がチョウヨウの芝浦の荷かつぎにクソマジメに毎日行って稼いだって、一日に十五円だよ。そいつを又、親方が三割ぐらいピンはねるから、手取十円だ。十円で四人口がどうしてまかなえるんだよ、え、北村君?
北村 ……そりゃ、そういわれりゃ、なんともいいようがねえけどさ、でもつらいのは君んとこだけじゃないと思うんだ。今となっちゃ、みんな、どこの家でも無理に無理をしてだなあ、なんとかガンバッて行かないといけないと思うから。そりゃ君、自分一人や自分のうちだけの問題じゃない、国ぜんたいが、ノルかソルかのさかい目に来ているんだから、そこを君――
明 (歌う)米は百円する、ヤッコラサノサってんだ! ヘッヘヘ、なによいやあがる、主食の配給でもチャンとしてからにしろい。見ろ、軍需成金と軍人だけは食いぶくれていやあがるんだ。説教が聞いてあきれらあ。ほしがりません勝つまでは、一億一心バンバンザイとね!
北村 困るなあ、そんなに荒れちゃ――だれも説教なんかしてやしないじゃないか。
明 ほっといてくれよ! 第一、君あ、なんでそんなに此処へ来ちゃ、そんな事ばかりいうんだ? うるせえぞ!
北村 そりゃ君――おれたち若いもんが、お互いに今しっかりしないと、えらい事になってしまうと思うからだよ。
明 ウヘッヘッヘ! 国士かい君あ? いつから、そうなった?
北村 そんな――そんなんじゃねえよ。俺あ、君や友ちゃんの友達だから、それだから、心配になるからだよ。友ちゃんは、まあ、自分の考えでもってあんなふうになってしまったんだから、しかたがないとして――
明 あいつの事をいうのは、よせ。
北村 だからさ――俺だけじゃないんだよ。会社でも仕上や組立の方の連中の中で、君に同情して、なんとかしようと話し合ってるのが、かなり居るんだ。
明 同情? 同情たあ、なあんの事だい?
北村 同じように働いている者どうしが、だって[#「だって」は底本では「だつて」]、お互いに助け合うのは、とうぜんじゃないか。今こんなふうに世の中が戦争一方になっているからって、労働者がお互いに助け合って行かなけりゃならんのは、ならんと思うんだよ。
明 よし、おもしれえ! そんじゃいうぜ。そんなら、そんならだな、なぜ俺を、みんなで、あんなにイジメぬいて、追い出しちまったんだ?
北村 そりゃ君、そんな連中も居るさ。いや、大部分がそんな連中だ。そりゃ、しかたがないじゃないか、世間いっぱんが、こんなふうだし、みんな戦争で気が立っているんだから。しかし、そうでない者だって居たんだ、それは君だって知ってる筈じゃないか。
明 黙っていたんだ、そんな連中は。そうじゃないか! いくら居たって、知らん顔してりゃ、居ないのも同じだい。俺あ、兄きの事をいってんじゃないぜ。兄きみたいなキチガイ野郎を、みんなが憎むのは、とうぜんだ。俺だって憎むもの。いや、誰よりも俺が一番憎んでいるかもしれない。憎い! ……だけど、この俺に、どんな罪が有るんだ? 俺が、どんな悪いことをしたんだ? 俺が、どういうわけで、みんなからイジメられなきゃならねえんだ? なあに、兄きは兄きで、今に法律で処置される。されなかったら、俺が処置してやらあ。やるとも! だけど、だけどね、北村君、仲間から、つまり君のいう、同じ労働者どうしからだよ、ただ、ただ、兄きの弟だという理由だけで、あんなにイジメられ、ヒドイめに逢ったという事は、コタエたよ! ああ、コタエたとも! 忘れられねえや! あれ以来、俺あ、どんな人間も、どんな事も、信用する気がなくなっちまったよ。ああ、もうごめんだあ! んだから、早く出征して、死んじまうんだ!(焼けた木のカブにかじりついてすすり泣く)いいや、出征なんかどうでもいい、ここにこうしている所を、ガシャーンと一つ、バクダンをおっことして
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