……(兄を見る。すこしもビックリしない。何かにとりつかれたような眼で、兄を見守っている)……いつ、帰って来たの?
人見 うん。……夕飯は食ったかね?
治子 じゃ、警察では、もう、帰っていいって――?
人見 いや、どうせ、また呼ばれるんだろう。
治子 そいで……友吉さんは?
人見 やっぱり同じだ。……からだが、だいぶ弱って来てるようだ。……そこへまた、お母さんも呼ばれてね……あのお母さん、警察であばれてしょうがないので[#「しょうがないので」は底本では「しようがないので」]、今、私が家まで送りとどけて来た。
治子 俊子さんの眼、どうかしら?
人見 まだホウタイが取れないで寝ていた。
治子 お医者にはかかってるかしら?
人見 さあ、あすこも金がないようだからね。
治子 どうして会社の方で、病院に入れてくれないのかしら? だって、挺身隊に出て働いてる最中に空襲を受けて眼をやられたのだから、俊子さん、りっぱな公傷でしょう?
人見 ……でも、こんなテンヤワンヤで、そんなこともチャンと行っていないんじゃないかね。
治子 ……そいで、くらしの方は、あすこの――?
人見 おやじさんの時計の修繕の仕事もあんまりないようだし、明君がカツギ屋をやってるらしいがタカが知れたもんだろう。
治子 ……すると、しかし、明さんが出征してしまえば、あと、どうなるんでしょう?
人見 ……うむ。……夕飯、まだなんだろう?
治子 ええ。配給が遅れて、なんにもなくなって――
人見 これをお食べ。(鉄帽をベンチの上に置く)大豆だ。すこし買ってね、半分だけ片倉んとこに置いて来た。……ううん、イッてあるよ。――
[#ここから3字下げ]
(疲れ切った様子で、くずれるようにベンチにかける)
[#ここで字下げ終わり]
治子 私より、兄さんお食べなさい。
人見 いや、私あ、いいんだ。お食べ。
治子 ……(鉄帽の中から大豆をつまんで噛む)
人見 ……(自分も手を伸ばして大豆をつまみながら)治子。
治子 …………?
人見 お前、友吉君を、好きかい?
治子 …………?
人見 好きだね? そうだろう?
治子 ……(マジマジと兄を見つめている)
人見 いや、私のいうのは……ただ友だちとして、また、同じ、この信仰上の、なにとしてでなくだよ……いや、それもあるにはあるが……それだけじゃなくさ……つまり、男性として……なんだ、つまり、この愛しているというか……そうなんだろう?
治子 …………(石のようになっている)……急に、なぜそんな事を、兄さん?
人見 いや、べつになんでもないんだけど……この聞いときたいんだ……そうだね?
治子 ……(かすかに、うなずく)
人見 ふん。……(黙って大豆を噛む)それを、だいじに、するんだね。……だいじにしなければならぬ事は、もしかすると、それだけしかないかも、わからない。……なんでもよい、肉体をだ。肉体の思いをだよ。……それだけしか人間にはないのかもしれない。ふん。……友吉という男は、おそろしい男だ。しかし、美しい男だ。私には、わからない。あんな人間を私は知らない。……われ、その人を知らず。この時、にわとり三度鳴きぬ。ペテロ、外に出でて、いたく哭けり。……フ、フ、フ。……(フッと治子を見て)さっき[#「さっき」は底本では「さつき」]、祈っていたね?
治子 ……ええ。
人見 ……私は、ちかごろ、祈れなくなってしまった。……祈っていても、すぐに、なんか、けんとうちがいのような気がするんだ。相手がまちがっているような気がする。……(キョトリキョトリと暗い周囲を見まわす)……祈らなきゃならんのは、もっと[#「もっと」は底本では「もつと」]、べつに有るんじゃないだろうか? ……(恐怖に満ちた目で治子が彼を見つめている。人見も治子の顔に目を止める。兄妹が、ジッと見合っている。……そこへ、はじめ遠くから、次第に近く鳴り響いてくるサイレン。それにつれて、かなり離れたところで、監視員が情報と警報をどなっている声)
治子 ……(耳をすまして聞いていたがいきなり)空襲のようです。
人見 たしかに、けんとうちがいだ。
治子 ……(その兄のサクランしたような表情をして動かないで坐っている姿を、ジッと見るが、戸外の気配を察して、ローソクの光を吹き消す。まっくらになる)……兄さん。
人見 うん?
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(サイレンの音つづく。……戸外遠く監視員の警報伝達の声。それも、やむ。静かになる)
[#ここで字下げ終わり]
人見 (まっくらな中で)……あんなにカタクナな人間を、私は知らない。あんな柔和な、おとなしい人間が、どうして、あんなふうになるんだろう? ……私にはわからない。……あの男のいっていることは、正しいのだ。あの男の信仰は単純なものだけど、まちがっては居ないのだ。……それを
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