いる。フッと顔をあげる、こっちの暗い遠い所を、なにかを捜し求めるように、また、それをとがめるように、深い目でジッと見る。白い頬が時々ピクリとする。……やがて顔全体が、ゆがんでくる)……だれが、まちがっているのでしょうか? ……どこの国が……どんな人たちが、まちがっているのでしょうか? ……みんな、みんな、まちがっているのでしょうか? ……それとも、あなたが、まちがっていらっしゃるのでしょうか? ……みんな苦しんでいます。みんな、私たちは、どうしてよいかわからないで、死にそうになっています。……みんな、私たちは、お互いどうしで殺し合っています。……私たちを助けに、早く早く、来てください。ホントに、あなたがいらっしゃるなら――私たちを、助けに来てください。(ささやくように、暗い中を見つめている間に、次第に熱して来て、眼がキラキラと光って来る)……あなたが、いらっしゃるのが、ホントの事ならば――神さま!(ガバと、再びベンチに顔を押し当て、早口に、シドロモドロに祈りはじめる)私たちを助けに来てくださいまし! 昨日は、私たちの工場に爆弾が落ちて、私のお友達が十八人、いっぺんに死にました。そして、日本の兵隊も向うの人をドンドン殺しています。……どうか、やめさせて下さいまし。あなたがいらっしゃるのでしたら、もうこんな恐ろしい事は、やめさせて下さいまし。あなたさまの力で、やめさせて下さいまし。私たちを助けて下さい、神さま! 友吉さんを助けてください! 兄さんを助けて下さい! 友吉さんの家の人たちを助けて下さい! あなたは、私たちの救い主でいらっしゃいます。あなたは天と地の主でいらっしゃいます。あなたは全知全能の神でいらっしゃいます。あなたのおぼしめしがなくては、野原の小さな花も咲きません。空の小鳥もあなたのおぼしめがなければ、死んで落ちるという事はありません。あなたは、すべてを知っていらっしゃいます。あなたは、どんな事でもおできになります。あなたを、私は信じます。どうぞ、どうぞ、あなたのお力で私たちを助けて下さいまし!(その言葉の中に、薄暗がりにある戸が開いて、兄の人見勉が入って来る。妹の祈りの言葉に立ちどまって、こっちを見ていたが、やがて近づいて来る。ローソクの光の中に浮びあがって来た彼の姿は憔忰し切っている。左手に鉄帽をかかえている。青いボンヤリした顔で妹を見おろしている。治子は祈りの中に我れを忘れて、兄の入って来たのを知らぬ)……私たちを――私を――恐ろしい試みに逢わせないで下さいまし。友吉さんは、善い人です。あの人のように、正直にあなたを信じている人は居りません。美しい心の、やさしい人でございます。そして、あの人は今、ひどい目に逢っているのです。あの人に罪が有るとするならば、それは、ただ、あの人があなたさまを信じたという事だけでございます。あの人にとって、そのために、つかまって、ひどい拷問にかけられたり、家の人たちがセケンから迫害されたりする苦しみをこらえているよりも、兵隊になって出征してしまう事が、ズットズット、ラクなのです。それを、あの人は、あなたさまを信じたために、あなたさまの御子イエスさまのお言葉を信じたために、――そして、ただそれだけのために――死ぬよりも苦しい目を見ています。……そして、友吉さんを、あなたさまのミモトに導いてあげたのは、私の兄でございます。私を導いてくれたのも、兄でございます。(人見がピクンとする。そして、声をかけようとするが、口がパクパクするだけで、声にならぬ)兄に罪が有ったでしょうか? 神さま、あなたのお示しによって友吉さんを、あなたさまのミモトに導いた兄に罪がございますでしょうか? 兄は善い人です。兄は悩んでいます。兄は、自分で自分を疑いはじめています。そして、あなたさまを疑いかけています。兄は、かわいそうです。……早く早く此処へ来て下さい。そして、私は此処にいる、安心するがよい、苦しみを耐えしのべといって下さいまし。そうしたら、兄は安心して、どんな苦しみにも耐えて、あなたさまの栄光と、さばきの日を信ずることができるでしょう。兄は何一つ、むくわれる事を望んでいるのではありません。ただ、栄光とサバキを信じながら――あなたさまに、すべてをおまかせして、そのためにはどのような苦しみにも耐えようとしています。ただ、あなたさまを信じないでは、兄は一刻も耐えて居られません。兄の苦しみは、それほどまでにひどいのです。どうぞ、どうぞ、神さま、あなたさまを信じさせて下さいませ。一刻も早く、あなたのいらっしゃる所から……此処へ降りておいで下さいまし。そして、友吉さんや兄に、よしよし私は此処にこうしている、此処にこうしてお前達を見ていてあげる、とおっしゃって下さいまし。神さま、私たちを――
人見 治子……おい、治子。
治子
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