せている)……(低い押しころした声で)ぜんたい、お前は誰だね?
友吉 は?
宗定 お前は、なんだ?
友吉 ……はい。片倉友吉という――
宗定 そうじゃない。そんなお前、今どき、この――
友吉 時計工で、あのう、――組立てやなんか――時計屋であります。
宗定 そりゃお前、そんな――(ついに、くたびれてゲンナリしてしまい、しばらくだまっている。……間。……誰もなんにもいわない。‥…宗定やっと自分から回復して、今度は怒りを底に沈めた事務的な調子で)……よし。そりゃまあ、よろしい。これが最後だからね、いいね?(内ポケットから調書を取り出して、ペラペラめくって見ながら)かんたんにいう。ええと――お前は、戦争は、やめなければならんといっているが、これは昨日や今日はじまったものじゃない。いろんな原因が押せ押せになって、しかも、相手のある仕事だ。あれやこれやの原因が次ぎ次ぎとノッピキならずつながり合って、遂にしょうことなく此処まで来たものだ。……つまり川の水が流れくだって来たようなもんだ。よさなければならんと、いくら思っても、押しくだって来た水の勢いを、今ここでせきとめるわけには、いかん。不可能だ。いいかね? しいて、とめようとすれば、おぼれる。つまり、今、よせば、こっちの負けだ。……それでも、やめるのかね?
友吉 ……でも、はじめ、日本からしかけたのですから――
宗定 真珠湾攻撃の事かね?
友吉 ……はい。
宗定 しかしそれは、向うが日本を包囲してしまってだな、手も足も出なくさせたからじゃないかね? つまり、武器を取って最初に立ったのは此方だが、向うは武器以上の根強い経済封鎖なんかという方法で此方の首をしめて来た、つまり、そういう意味では、手を出したのは向うだともいえる。どうだね?
友吉 でも、日本ではその前に満州を取ったりなんかしていますから――
宗定 満州にしてからがだ、わが国では、これだけの人口を、これだけの土地ではどうしても養えない。だから、けっきょく、やむにやまれず、満州に進出した。
友吉 でも、満州は、よその国だったんですから――
宗定 横取りするのは、いけないんだね? よろしい。すると、日本はどうして日本全国民を養えばいいのだね? 土地がなければ、食べる物がたりないんだぜ?
友吉 世界中の人たちが、それは考えてくれて、なんとかしてくれなくちゃ、いけないんです。それを考えてくれなかった向うの人たちも、そりゃ、いけなかったと思います。だけど、そりゃ、なんとか話して頼めば、わかってくれると思うんです。それしないで、いきなり、軍隊でよその国をとったりするのは、まちがいでございます。
宗定 なるほど。……わかったわかった。すると、今、わが国がこれだけ総力をあげ、人命をギセイにして戦っているのが、聖戦でもなんでもない、つまり強盗と同じ――侵略戦争なんだね?
友吉 ……戦争は、みんな、よくない事です。
宗定 よしと。……しかしなあ、開戦以来、敵の飛行機はドンドンこっちへやって来て、バクダンを落しているが、日本の飛行機は一機だって半機だって向うの本土には行ってないね? それでも日本のしているのは侵略戦争かね?
友吉 戦争は、だれがしても、どこの国がしても、よい事ではありません。
宗定 一番悪いのは日本だが、しかし日本だけが悪いんじゃないんだな? よしよし。ところで、お前はこうして出征するのをこばんでいるが、こんなことをすると、国家の法律や軍刑法で、どんなふうに処罰されるかという事は、知っておるね?
友吉 はい。……
宗定 知っておると。……それを知っていても、出征しないというのは、なぜだね? こうしていれば必ず殺される。出征すれば、うまくすれば死なないですむかもしれんねえ? なぜかね?
友吉 なんじら、互いに愛せよと――
宗定 わかった、わかった! そりゃわかっている。だからさ――
友吉 殺すなかれと、あの、エスさまがおっしゃって……殺すとエスさまに、しかられます。そして地獄に落ちます。出征すると、人を殺さなきゃなりません。……ここで死刑になれば、エスさまの、あの、天国に行けますから、ぼくはあの――ですから、ぼくは、死刑になってもいいんです。
宗定 よろしいわかった。うむ。……しかし、そのエスさまだって、天国だって、死んでから先きの事だろうが? ホントにいらっしゃるものやら、ホントに有るものやらわからんのじゃないかね?
友吉 いいえ。……天国のことは、なんですけど、エスさまは、いらっしゃいます。留置場に時々、あの、ぼくは見るんです。
宗定 ふむ。……お前は、この、宗教上の狂信者というものが有るという事は知っとるかね?
友吉 はい。
宗定 自分がそれじゃないかと思った事はないかね? つまりキリスト教に夢中になりすぎて、自分の頭がどうにかしてしま
前へ
次へ
全45ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング