なるだけである事も知っている。――その絶望と、ふんまんと、更に此の際にまで相変らずの事をいって落着いている友吉へのアキレとの入りまじった沈黙。……間)
[#ここで字下げ終わり]
宗定 ……(やっと自ら気をひき立てるようにして)ふむ。いや、もうこれまでにいうだけの事はお互いにいいつくしておるし、キリスト教の教義についての議論も、もうたくさんだ。同じ事をなん百度くりかえしても、しかたがない。……だけど、今日は最後だから、ホンのひとこというがね、お前がそうして召集に応じないと、けっきょく、お前自身身の上――つまり命がだな、どういうことになるか、知っておるね?
友吉 ……はい。(コックリをする)
宗定 それでいいんだね?
友吉 ……はい。エスさまのために、私は……
宗定 (たまりかねて、どなる)ヨマイごとをいうのは、よせッ!ぜんたい、そいつは、どこの馬の骨だッ!エスさまなんかよりゃ、わが国には上御一人、つまり天皇陛下がいられる事を、お前は忘れたのかッ!
友吉 (びっくりしてオドオドする)いえ、そ、そんな――
宗定 第一だ、わが国民が今イチガンとなって戦って――この、戦線でも、銃後でもだ、敵のために、バタバタと虐殺されておる! それがわからんのか、お前には! 殺されているのは、お前の同胞――つまりお前の兄弟だぞ! 兄弟を殺している、その敵がお前は憎くないのかッ!
友吉 ……(返事ができなくなる。それは、しかしあいてを怖れているというよりも、自分に理解のできない理由でもって怒っているオトナに対してトホウにくれている少年のような沈黙である)……
宗定 なぜ返事をしない! ううん? ……なぜ返事をしないのだッ!
友吉 ……はい。
義一(たまりかねて今井の腕の中で、どなる)この、チク――返事をなぜ、この――
友吉 ……(父親からいわれると、本能的にオドオドして)はい。あの……ぼくには、よくわからないもんですから――
宗定 わからない筈はないじゃないか! 現にこうして、爆弾でおれたちをひどい目にあわしている敵の奴を、お前は憎まないのかといってるんだ!
友吉 (救いを乞う目で人見の方を見ながら)……はい。でも……私たちは、互いに愛さなくてはなりませんから――(いわれて人見がギクンとして腰をあげる)
宗定 愛? 愛! ……すると、なにか、敵でも愛さなきゃならんのか? いや、なきゃならんじゃない、現にお前は愛しているのか?
友吉 ……(まだ人見を見ながら)はい。……そうです。あの、なんじの敵を愛せよと、あの――
宗定 われわれの兄弟や姉妹や、罪のない子供までバタバタ殺している敵だぞ?
友吉 (青くなって下を向いた人見から視線をそらされてしまって、しかたなく宗定を見て)はい。でも……日本人も、向うの人を殺したりしているんですから――あの、ですから、どっちが悪いとかではなくて――戦争は、いけないんです。人が殺し合う、あの、戦争は、やめなければ、いけないのです。まちがっています。おそろしいです。みんな、こんな事をしていると、サバキの日に、地獄に落ちます。……予言してあります。……みんな、そんな事は、やめて祈らなくては、なりません。祈って、あのたがいに許し合って――
宗定 ……(聞いているうちに、怒りが心頭に発して来て、まっさおになってイスから立ちあがっている)おそろしい……地獄……じ、じ、じ――(と口うつしに無意識にいっている間にワーッと叫びかけるが、その激怒頂点で、耐えきれないほどおかしくなって)ヒ! ヘヘヘ! たがいに、許し……フフ、アッハハハ、ハッハハ、ヒヒ! ハハハ、ヒヒ! チキショウ! ハッハハハ!(とめどなく笑う。黒川も今井も釣られて笑い出す。最後に人見までが、歪んだ顔で笑い出している。義一だけが恐怖のまじった、いぶかしそうな顔で一同を見まわしている。友吉はただいぶかしそうな眼で皆を見る)
今井 ワッハハこれですからねえ! 話にゃならんです、ハハハ、ヒヒヒ!
宗定 ……(ピタリと笑い止んで、まだ笑っている今井の方を見ていたが、又ニヤニヤしはじめそうになって来る自分に腹を立て、スッと立って今井の方へ行き)……なにが、おかしいんだ、君あ? ――(イキナリ、猛烈ないきおいで、今井の頬をピシリッと打つ。今井が、いっぺんに笑いを引っこめて、不動の姿勢をとる。他の一同もシーンとなってしまう。……宗定、サッサとイスにもどって来て低い声で)じょうだんじゃないぞ。……なあおい?(友吉を見る。すると又、笑えて来る)フフ!
友吉 はい。……(スナオにコックリをしてから、衰弱した青白い顔で花が開くようにニコッとほおえむ)
宗定 ……(その微笑を見ているうちに、なにかギクッと顔色を変える。人見は、宗定と友吉をかわるがわる見ながら、膝の上の両手を腹のところでシッカリと組み合
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