んだ。……そいでまあ、要するにだよ、まずい事にならんようにだなあ、ここいらで、本気になって君も考えてくれんといかんだろう? 今日は、まあ、これが最後だ。――この、最後的に、この男や君のりょうけんを聞きたいと思って来たわけだ。そいで――
黒川 わしらも、実にもう、やりきれなくなって来たからねえ。もう半年以上にも、なるんだから。これ以上、留置場や保護室を、こんな男でふさげて置くわけにもいかん。(その間に、今井はバケツを持って友吉のそばに寄って、水で友吉の顔を撫でていたが、いつまでもグッタリしているので、この時、バケツの水を友吉の頭にザッと叩きかける)
友吉 ……(ピクンとして、顔をあげて、視線のきまらない眼で遠くを見て低くいう)た、助けて、ください……
宗定 どうしたい?……(立って[#「立って」は底本では「立つて」]椅子をそっちへ持って行く)
友吉 ……(弱り果てた、しかし、すこしもインウツではない、たとえば自分を苦しめている熱病のコンスイから眼をさました子供のように、すこしキョトンとしてそのへんを見まわす)
黒川 どうだね?え?
義一 ……(黒川の足もとでムックリ起きあがっている。この方は、老いの顔が苦痛にひきゆがんで眼がすわっている。起きあがるなり、友吉をにらみつけて、ふるえる声で、脈絡のない言葉で、どなる)在郷軍人会や銃後奉公会からいろいろとウルサイことをいわれるから、自分の所まで痛くない腹をさぐられるのはイヤだから、今月一杯で是非たちのいてくれ! オオヤの松村さんではそういうんだぞ。無理もないのだ。無理はない! しかし、こんだけ家がドンドン焼けちまっているのに、どこに引越して行く家が有るというんだ? うん? 町会じゃ、そんな非国民の家に配給をするのはごめんだといって、そのたんびに、ひどい事をいわれる! おっ母さんは――おりくは、とうとう寝ついてしまった! 明は会社をやめさせられてカツギ屋になったが、ヤケになって酒を飲むことをおぼえて、一銭だって内にゃ入れない! 俊子は俊子で電燈会社で首になりそうになっているんだぞ! 俺の方も、ちかごろ時計の修繕の仕事も、まるきりなくなって、一家四人が、この先どうなるというんだッ! それも、みんな、お前のセイだ。お前が、こんな――
黒川 いいよ、いいよ、わかってる。まったくだ。実にこの――いえ、ようくわかってるから、いいよ、おやじさん!
義一 いいえ、あなた! なあに、そんな事だけなら、なんでもございません! どうで、こんな人でなしの奴を出したんですから、一家のものがそのために食えなくなろうと、石を投げられようと、それ位のことは、あたりまえだと存じますよ、はい! わしが腹にすえかねるのは、よりによって、このわしの子供にです、いえ、わしの家は今こそビロクしていますが、もとはひとかどの士族の家でございまして、天子様に対しましてです、この――いえ、その家からです、こんな不逞の、けしからんチクショウを出したと思いますると、それだけが、それだけが、わしはくやしゅうございまして、ほんとに!(フラフラしながら、友吉の方へ向って、竹力を握って立ちかける)
宗定 もういいから――よくわかったから――おい君!(今井に眼顔で指示する。今井、義一を制止する)
義一 てめえみたいな奴は、一刻も早く、舌でも噛みきって、死んでしまえッ!
黒川 もういいから、だまりたまい!(今井に手を貸して義一を室の隅の方へつれて行って、押えつけるようにして坐らせる。今井は、義一の耳に口を持って行って、しきりとなだめている)
宗定 ……(タバコを深く吸ってから、ニコニコしながら友吉に)なあ! 今日は警察の者としていうんじゃないよ。国民の一人として――つまり、君も僕も国民どうしとしてだなあ、いうんだが――どうだね、ここいらで、気を入れかえてつまり心気一転して、これまでの事は、いっさいなかったことにして、出直してくれんか。こうして、われわれも、そいから、君の家の人たちも、(人見をアゴでさして)先生もだねえ、困りきっているんだから、どうだろうね?
友吉 ……(スナオに頭をさげる)すみません。(つづいて父親の方へも人見の方へもおじぎをする)……すみません。
義一 すまないと思ったら、すぐに、今日にでも――
宗定 おやじさん、君はいっとき、だまっとれ!(友吉に)……ほんとに、じゃ、すまないと思うんだね?
友吉 はい。みなさんに、御心配をかけて――
宗定 じゃ、召集に行ってくれるね?
友吉 ……それは、あの――
宗定 え? 出征するんだね?
友吉 いいえ。
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(一同がシーンとしてしまう。友吉の無邪気な答えに、一同はこれまでに馴れている。しかしまた、この無邪気さが、とうてい抵抗することのできないものであり、この後はただ押し問答に
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