――
明 俺あ、こんど兄さんに逢ったら、俺あ、この腕で、兄さんを――(クククと泣き出し、せぐりあげてヒーッという)
北村 いいよ、いいよ、そんな君――君の気持はわかる。よくわかる。だから――
明 俺あ、俺あ、兄きとはちがうんだ! 俺あ、来年早々、志願して出ようと思ってるんだ。俺あ日本人だ。俺あ、こんなとこでベンベンとして器械の組立てなんぞやってはいられないんだ。俺あ日本人のためなら、死ぬことなんかヘイキだ。俺あ、やって見せる。見ろ! 九軍神が、なんだ! あれ位のこと、いつだって、俺あ、やって見せる――それを、それを、班長の奴、「九軍神に対しても恥かしいと思え!」……どんな、どんな事をしたから、俺が、恥かしいと思わなきゃならないんだ! 俺が、兄きの弟だと言うだけじゃないか! それも、それも、その事をいって、ハッキリとその事をいって、やっつけるんなら、まだ、いいんだ! 当のその事は、カゲにまわってコソコソいうだけで、表むきにゃ、なんにもいわないで、仕事のことで、俺の組立にケチをつけちゃ、事ごとに俺の成績をおっことしにかかるなんて、――いや、そうなんだよ、みんな班長や組長にオベッカをたれやがって、俺がいっしょけんめいやってる仕事にケチをつけてオシャカにしゃがるんだ! そうしといて、おおぜいで俺をナブリものにしゃあがって、ちきしょう[#「ちきしょう」は底本では「ちきしよう」]!
北村 いいよ、いいよ、いいんだよ! そんな気を立てないで――
治子 ……(うすくらがりへ向って)明さんじゃなくって? 明さん!(明と北村がこっちを[#「こっちを」は底本では「こつちを」]見る)
治子 ……どうなすって?
明 ……治子さん。……(その辺を見まわす)なんだ、ここは仕上部か。……(こっちへ[#「こっちへ」は底本では「こつちへ」]歩いて来かけて、ヨロヨロとなる。北村がそれをささえ助けて、二人が、光の輪の中へ入る。そのギラギラした光に照らし出された明の作業服がズタズタに裂け、右のコメカミの所にベットリと血)
治子 ……(ギョッとして中腰になる)……どうなすったの、その――?
明 ……うん。フ!(つとめて笑おうとしながら、コメカミに左手を持って行く。その左手が、また赤い)
静代 まあ! ……(これも立ちあがる)
北村 みんなと、やりあってね。やっと[#「やっと」は底本では「やつと」]、とめて――
明 治子さん、……俺あ……兄きと、あんたと……いや、あんたは、いいんだ。……だけど、俺は……兄きの事を……兄きは、俺の、カタキだ。……こんだ逢ったら……。(つぶやくように切れ切れにいい、眼はジッと憎悪をこめて治子を見つめながら、無意識に血だらけの左手を空に一杯にひらき、それでグッと物をつかむ動作をする。その左手のシワの中に、かたまりかけた血液が、赤黒くスジになって光る。それを見つめている治子の、石化した顔。……北村とシルエットの静代とが、二人を見まもっている)……フ! (明の、つとめて笑おうとしてゆがんだ顔が、ベソに近くなってくる。暗くなる)
4
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ガランとした柔剣道道場。
半分は板じきで、半分はタタミじき。正面に体操用の肋木台。その肋木に両腕をしばりつけられて、土気色の顔の、眼をつぶり、青バナを垂らし、ヒクヒクとあえいでいる片倉友吉。左腕は上膊から肱の下までホウタイが巻き立てたのが、折れて不自然なかっこうに垂れている。
その足もとから五、六歩はなれたユカの上に、右手に竹刀を握りしめたまま、うつぶせにたおれている父の義一。黒背広を着た中年の今井が、かがみこんで老人の背に手をかけて、のぞきこんでいる。人見勉がタタミの部〔分〕にキチンと坐り、すくみあがっている。
[#ここで字下げ終わり]
今井 ……だから、いわない事じゃないんだ。これくらいな事で、転向するような大将なら、ぼくらも苦労しやしないさ。……(ノロノロと、人見に話しかけるような、話しかけないような調子でいうが、人見が口をパクパクするだけで答えないので、又つづける)憲兵隊でも、そうとうな目に逢ったようだし、ここへ来てからも、まあなんだね、以前の左翼の連中なんかよりや骨を折らせてるんだ。もう、とにかく、ぼくらもアグネきってるんだよ。実際めいわくな話さ。一体からいやあ、憲兵隊で、始末すればいい事だあ。警察へまわしてよこすなんて、筋ちがいだもんなあ。軍法会議へかけたりして処罰したりすると公けの問題になるし、外部に洩れると、国民の士気に関するからだというんだそうだがね。だって、警察に置いときゃなおのことだろう、第一、もう、工場でもみんな知ってるというし、家では町の者が石を投げてるというんだろう?いまさら外部に洩れるものじゃないかね。けっきょく、責任問題なんだね。自分た
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